市川櫻香の日記


by ooca
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道成寺

道成寺の縁起にかかわる説話の最も古い文献は、
長久年間(1040-43)の大日本法華経験記である
と考えられています。
この説話の、主人公の二人には名前がなく
の熾烈な情念の物語が語られ、後日譚に法力
功徳による、怨霊解脱の物語とに、構成され
ています。

鐘と大蛇、蛇と女人、いづれも古来より多くの
説話が語り継がれてきました。
鐘を撞くことによって、あの世にいる者と再会
できる、ならば、この世の人にも会えるはず。
鐘は撞かなくても、鐘の音を聞くことで願いが
かなうはず。

そもそも、この鐘、まずは、鐘鋳の為に、神仏
の名のもと寄進を集め、女人たちのなかには
鐘鋳の材料になる、鏡や笄を願いを成就させる
為に寄進しました。
そして、鐘供養は、新たに鐘鋳した鐘を拝み
その梵鐘の音に耳を傾けて、願いの成就に浸り
また、自らの罪障を悔い、その消滅を鐘の音に
聞くことでした。

金属を溶かし、鐘をつくる様子から、呪文を唱える、呪術師を想像します。熱いどろどろとした
金属をかき混ぜること、長時間。
鐘は、様々な願いや思いを封印したものに感じ
られもします。
そうしてできた鐘の音を、どう聞くか、そこに
深い意味を感じます。

鐘供養の庭で、舞を舞うことにより、願いの
成就に近づこうという思いは、芸のなかにいる
ものには、理解のできることではないでしょうか。
敬虔な行為は、生きる魂と言ってもよいのです。

道成寺から離れましたが、踊る側から言えることは、踊ることにより、この最も古くから伝えら
れている、道成寺の女人、花子と同化し、また
彼女たち、多くのかつての行為感情に
なにがしか、つながっていくことを感じます。
2003年出雲での道成寺以来となります。
12月10日名古屋能楽堂「冬の日」
長唄『新座敷舞道成寺』を上演
道行より
強力、狂言:鹿島俊裕
お出掛けのほど。

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# by ooca | 2017-12-07 00:48 | 櫻香のつぶやき
12月10日名古屋能楽堂の「冬の日」の催しは、ノルシュテェイン、その映像詩の世界からはじまります。これは、川本喜八郎による、芭蕉連句アニメーション冬の日の発句。

3年前私はこの作品を美術館で見、その場で、私のまわりの沢山の方々を思い出していました。
はぁはぁ、ゼイゼイ、クシュン、ガラガラガラガラ、映像から懐かしい人の音が沸き上がってきたのです。
はぁはぁ、ゼイゼイは、祖母のお稽古を終えたときの音、クシュンは可愛い子供たちのお稽古場の音、ガラガラガラは、語り手の出番前のうがいの音、ノルシュテェインの描く空想の映像とかつての現実の世界がだぶって見えてきたのです。涙がかってにでて。

ノルシュテェインは昨年12月10日の来日していました。その時のインタビュー記事に

「私の美の概念は、その中で時が進むものであると思っています。時間の経過がその中で行われるということのすべてが、私にとって美しく感じられるのです。ですから、私にとっての美は、この世界から切り取られたものの中にはありません。必ずこの世界に結びついていることが重要なのです」
理解できます。
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# by ooca | 2017-10-26 09:25 | 櫻香のつぶやき

台風

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秋のおしまいに台風が接近するなんてー来る冬への荒業のようです。「冬の日」のチラシや案内文をメールや郵送で発送します。この作業は、頭休めでもあり、また、見に入らしてくださる方のことを思う大切な時間です。
時おり、本に目をやりながら。吉住小三代著「絲みち」先日出版され小三代先生の初著書です。能の家に生まれて、植え替えられるように嫁がれたこと、芸の家の愉しさ。
その香り、匂うようで。
ちょっと近くに置いておきたい本です。
菜月さんをJRまで送ると、徐々に雨足がはやくなってきました。
無事に帰れますように。
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# by ooca | 2017-10-22 20:44 | 櫻香のつぶやき

竹取の翁さんと皆さん

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遅くなりました。
9月の花習会も、愉しく終わりました。
皆さんよい笑顔!
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# by ooca | 2017-10-21 12:13 | 櫻香のつぶやき

本日も

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昨日は、ようこそ伝統芸能開講。歌舞伎「近松」を読みました。先月から引き続き梅川忠兵衛道行の場。私が台詞を云い、皆さんが真似ます。
お芝居や伝統芸能のこと、私自身のあたりまえが、皆さんにとり、あたりまえではないこと、伝える側と伝えられる側が近づいていく関係に徐々になっていきます。とても発展的な関係に思います。
伝統芸能のお稽古は、教える側からの一方通行と思われていますが、ただ真似る、そうしながら、そこをもうひとつ越えた時間をつくっていく、質問したり、たわいない話など聞くことは、合いの手みたいで、更に広がることにつながります。

舞台空間という表現する場で、古典を読むことは、体全体と空間との結び付きが生まれやすいようです。特に思いのこもったお稽古舞台には、気持ちの良い、景色を見たときのような気分になります。

習うというのは、生徒が、先生のお手本を真似て「ひたすらなもの」になります。そして、気がついたら、実は、その習いが、自分の身体の中にはいっているのです。
学ぶ方は、自分の知りたいことを、質問しながら、自身で納得、確認。
習うと学ぶは、身体と心の関係を円滑にします。

質問を受ける側も、学ぼうとする気持が必要です。先生、生徒の問答は、両者のたのしみとなることが理想的な姿です。

本日も11時から、歌舞伎と舞踊。1時から3時まで謡曲と仕舞。見学、飛び入り参加できます。
お待ちいたしております。
ただ今、陶芸家小畑旦子さんの作品が舞台わきに展示されています。
この存在感に、場の空気も引き上げられている感じです。

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# by ooca | 2017-10-15 06:32 | 櫻香のつぶやき