市川櫻香の日記


by ooca
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神戸にて<ロダンの花子>と住吉神社

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写真は、オーギュスト・ロダンの銅像『考える人』。
神戸甲南女子大学の海を眺める丘に設置されています。
米国,コロンビア大学の中庭にも設置されていましたが、甲南のこのロケーションは
必見です。この銅像は、不動のものにも関わらず、その気配を辺りにただよわせています。
一体何を意味するのでしょう。芸の中にあっては、瞬間ごとが不動。その不動へと形成する
過程の深さは大切な、必要制作過程。
ロダンは自身と、どう向き合い制作に向かっていったのか。それを知る手がかりがあります。
彼は、当時、パリ万博に日本舞踊団の踊り子として訪れていた花子をモデルに『死の首』とい
う作品を残しました。花子さんのことは、むすめ歌舞伎結成直後から、ご親族の澤田助太郎
御夫妻と何度かお話しする機会がありました。
(花子さんのことは澤田助太郎著「ロダンと花子」で)   
ロダンは、その後、歌舞伎の一座を組む花子を舞台のない時は家に住まわせていました。
小さな彼女の体は、歌舞伎の型をもって<傾く>を体に内包し、あふれる感情の凝縮を
各国で上演しおおせました。
それは、実際に炸裂と内包を<断末魔>の所謂『見得』で示しました。  

花子の、か細いその姿態に反した、強さをロダンは見出しました。彼女の姿態は
日本の伝統や慣習というかたちに束縛されているかのように見えて、実は、その抑圧から
抵抗するものをも含んでいたのではないでしょうか。
彫刻家ロダンが、あのかたい石に向う時芸術的純粋性のなにものかを求めていくとすれば
花子の内なるものが、型という不動から湧き出るさまを感じ共鳴をしたことと思います。

むすめ歌舞伎の女性が、普段の衣服を脱ぎ、きらびやかな重い衣裳とかつらに身を包み
男性の創作した型をまねて進む中、様々な精神的抵抗をし、それを力にかえ、考えていく
ことを選択しました。

型も慣習も流れの中に入り乱れる日常にあって、立ち止まり「考え」、「これでいいのか」
求めているものが、どこかですりかわっていってはいないか、純粋であるか、いつでも
取り除いていくことを前提にそのもの一つとなって・・・・。

   今日は、あらためて『考える人』と向き合う時間が持てました。

  ロダンの作品がこの大学、しかも女子大学にあることに、深く感銘の日となりました。

大学の帰りに、ひと駅となりの住吉神社へ~社務所の方が大変親切に住吉の辺りを
ご案内下さいました。昔のお話しを伺いながら、能の筋立てを思いおこしていました。
 この方は何の化身なのかしらん〜と、ちょっと頭をよぎらせました。

       今日も有難うございました。
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by ooca | 2010-05-17 00:00 | 櫻香のつぶやき