市川櫻香の日記


by ooca
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2012年 01月 21日 ( 1 )

見えるものから、見えないものへと、自然な想像に向かう、その境のあいまいさに、胸がときめきます。あいまいを水墨画のにじみにうつしてみると、その無限な可能性や広がりに魅了されるのと、同じものを感じます。
京都の仁和寺、東寺などで、花の作品を発表されている、ダニエル・オストさんと昨晩お会いしました。
オストさんの作品は、西洋の彫刻的な造形と、日本の『生死』を感じる日常的な現実と現実ではないものの滲みの部分、目に見えるわけではないのですが、しかし、オストさんにより、草木の生から死へ向かう、あたりまえの、生きるものの姿を感じました。意識がにじみあって、非日常へ見るものを誘っています。
こういうことは、意識のあり方ひとつのことなのです。自己と他がひとつにとけ合い、他が自己とも成り代わり、そのことで、技術以上のものをにじませました。
私達の先生、先輩は、人についてたまに、『何かがちがう』『ちょっとちがう』と、同じ土俵にのせることをやんわり拒む時につかいました。これは、いわば、『ものが現われない』、『あるものがない』ことなのです。あるものというのは、現実ではないことを迎えるために必要な何かなのです。私にはまだ言葉にあらわせません。
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by ooca | 2012-01-21 23:11