市川櫻香の日記


by ooca
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カテゴリ:櫻香のつぶやき( 358 )

本日も

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昨日は、ようこそ伝統芸能開講。歌舞伎「近松」を読みました。先月から引き続き梅川忠兵衛道行の場。私が台詞を云い、皆さんが真似ます。
お芝居や伝統芸能のこと、私自身のあたりまえが、皆さんにとり、あたりまえではないこと、伝える側と伝えられる側が近づいていく関係に徐々になっていきます。とても発展的な関係に思います。
伝統芸能のお稽古は、教える側からの一方通行と思われていますが、ただ真似る、そうしながら、そこをもうひとつ越えた時間をつくっていく、質問したり、たわいない話など聞くことは、合いの手みたいで、更に広がることにつながります。

舞台空間という表現する場で、古典を読むことは、体全体と空間との結び付きが生まれやすいようです。特に思いのこもったお稽古舞台には、気持ちの良い、景色を見たときのような気分になります。

習うというのは、生徒が、先生のお手本を真似て「ひたすらなもの」になります。そして、気がついたら、実は、その習いが、自分の身体の中にはいっているのです。
学ぶ方は、自分の知りたいことを、質問しながら、自身で納得、確認。
習うと学ぶは、身体と心の関係を円滑にします。

質問を受ける側も、学ぼうとする気持が必要です。先生、生徒の問答は、両者のたのしみとなることが理想的な姿です。

本日も11時から、歌舞伎と舞踊。1時から3時まで謡曲と仕舞。見学、飛び入り参加できます。
お待ちいたしております。
ただ今、陶芸家小畑旦子さんの作品が舞台わきに展示されています。
この存在感に、場の空気も引き上げられている感じです。

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by ooca | 2017-10-15 06:32 | 櫻香のつぶやき

日々

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三年前の冬、芭蕉の「冬の日」のアニメーションを岐阜の美術館で拝見ー、心に残るものでした。
ここ連日、様々な方とお会いし、心に残るものとは何であるかを確かめながら、12月10日の名古屋能楽堂の準備。
「形式こそ違え、すべてが日本の美意識そのものの現れであるという切口」にいきつき、公演タイトルは二年前に決め「冬の日」。
芭蕉翁の歌の中に潜む、清いもの純化されたもの、そして強いものへ、憧れて、しかし時間ばかりが経ってしまう。
ふと、心の中で、師である蘭景先生を追いかけている。
心に残るものとは、気高さと優しさと、何事にも真剣になって下さる、あの情ある心でしたねー先生。
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by ooca | 2017-10-04 21:45 | 櫻香のつぶやき

月を観る

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つくりものでない、自分が出てきます。つくりものばかりの目の先を、先回りして、全力で全自分を投げ出して。
花習会を終え、次に12月10日の「冬の日」に向かいます。いつも、たくさんの方に応援していただき、安心してこの道を行かせてもらい有り難く思います。

大阪より写真家の澤尾さん、記録を録り続けてくれている本荘さん、舞台照明家杉本さん、後見にかけつけてくれた、りきさん、進行の舞花さんと阿朱花さん、それに柴川さん、和かに、橋野さん、吉山さん。
その日の夜、花習会顧問の倉澤先生からご感想を頂きました。
(メールにて)
竹取の翁の明晰で爽やかな語り、天・主のきびきびした心地よい動き、ウツロヒの、力強さを秘めつつ全体をまとめ引き締めてゆく演技力、そして他所では見られない、舞台全体に始めから終りまで漂う清潔な緊張感、そして、奏者の情熱溢れる笛の音。いずれも良かった。舞踊もすべて、きめ細やかなな稽古で身につけたのであろう繊細なな身のこなし、見事でした。 倉澤行洋
ほめられると、たくさん足りない部分が見え、また、次に
工夫をしながら、一生懸命になります、すると、シャンと何かになっていくのですー。

写真は、18日、倉澤先生にお会いしに大徳寺へ。
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by ooca | 2017-09-22 13:23 | 櫻香のつぶやき

芸の縁

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この度の『竹取』では、姿のない役をいたします。形のないものは、風や音、気配。
形がないのでどこにも行くことができます。「空気」というような存在。いつでも、どこにでも存在することができます。小さな花のひとひらを揺らしてみることも、また、山々、川、海を包み込むこともできます。天と地に満ちていく存在です。能や歌舞伎、古典舞踊の中には、見えないものを現すものが沢山あります。これまで多くの先生に教えていただいたことを紡ぎながらお稽古をしています。
「大きく、大きくね」と、いつもご指導下さった先生を思い出しながら、「大きかった」團十郎先生を思い出しながら、9月17日の当日をむかえます。
先日の初のお稽古
新蔵さんの竹取の翁は、良心や事の道理に照らし立ち返ったあと橋がかりを歩みます、内面が恥じるという、何かゆかしい姿に変化していく見事な最後を感じました。私も
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by ooca | 2017-09-08 09:30 | 櫻香のつぶやき

初秋

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今朝のお稽古場に、枯れ葉と、夏の名残りの日差しをみつけました。
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by ooca | 2017-09-03 20:55 | 櫻香のつぶやき

おきなと竹取り

美しき人、青山俊董氏、今月17日初上演の「竹取」の台本にご感想をくださいました。
青山俊董
「人間万事塞翁が馬」の日本版というところで
しょうか人間は、金と名誉を手に入れると堕落
しがちであることへの警告。
人間の思いを捨て、限りなく天地の(草木の)声を聞き、それに随って生きよ。との教えが底辺に秘められての話と受け止めました。

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by ooca | 2017-09-01 20:04 | 櫻香のつぶやき

竹取

人間の約束は変わるけど、天地の道理は変わらない。「真理を別の言葉で表現すると、法、という言葉になります。法の文字は、さんずいに去ると書いて、つまり水が流れ去る、と表現されています。水は高きから低きに流れ、これ、天地の道理、人間の約束ごとではありません」
変化を続けかかわりあっている、ぜんぶ、空つづき、地つづき。すべての縁につながり今、ここに存在している。変わらないものはない。天地いっぱいとかかわりながら、存在する。
このこと大切ですね



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by ooca | 2017-08-29 09:11 | 櫻香のつぶやき

ステージと舞台

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「劇、それは何事かの到来
能、それは何者かの到来」
劇詩人ポール・クローデル。
一昨日、能管の藤田六郎兵衛氏の命名による形式〈一管一踊〉を、MSBCの空間で上演。劇場空間でない場に、小宇宙を形成。能から続く空間へ向かう厳しい精神が、舞台と観客との融合の場になることを思います。劇は、この世のものとは思えぬ強烈な力を持つものの到来を待つことにより始まります。
(お話の後に上演でした)
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by ooca | 2017-07-28 09:09 | 櫻香のつぶやき

[身体と美術]カフェ古今

「森を見るために木を見よ」-昨日《カフェ古今》開催-馬場駿吉先生から身体表現の歴史は、たえず創造するベクトルにより創られたことを映像を見ながら-「古今」伝授のひととき、愉しく有難く、皆さんと。

約二万年前のユスケール洞窟壁画の【手】から始まり、シチリア、アッダウラ洞窟の時間の中で身体を意識する【動いた姿】。次の時代には、精神の内包を表し、美へと向かう。
人体は円と正方形に内接するという記述を表現したレオナルド・ダ・ビンチ。

1489年【解剖図譜】
医学的な部分と、美術家俳人のはじける無数の泡が、建築論から人間の豊かな情感の経過まで、馬場先生は、そこに見えない絵画を描いていくように話され、創造物=身体がいとおしく興味深く感じられる。
頭部の空洞は、外部からのショックをおさえる役割であり、直立するようになった人類が脳を支えるため進化。
進化とは日々薄い蓄積の形状の繰り返しであること、より今に通じるため敏感にして、その蓄積は形状を変化させ、時代の気配に応じていくことができるということである。

東洋と西洋の身体表現は人界の輪郭から、数ミリ数センチのベクトルでは共通していると感じる。

求心性指向を日本人、遠心は西洋性の指向と言われながら、しかし、広い海原、つきぬける空を日本舞踊で表現するには、求心よりも、遠心にしながら求心の身体にとけて無くなるような感覚がなければ到達できない。

近代西洋美術は、光りの色彩で輪郭を見せ、同時代、日本は浮世絵でみるように、墨で象り、閉じ込めながら、開いていった。

虐げられた身体へ
1937年ピカソ【ゲルニカ】抑圧の時代。
ロダンの悩める身体。

自己とは何か、耳に包帯をしパイプをくわえたゴッホの自画像は、日本の浮世絵に触発されているように思う。
ゴッホから、人間の心に満ちた修羅の老武者を想像できた。芸術の狂騒の時代に生きて、自己の葛藤、人間性を見出だす芸術の方向に立ち上がっていくように感じられる。

このように
もうひとつの「日本の旅」を皆様と出来ますことは、とても大切なことに思います。

舞台芸術は、絵画や彫刻のように後に残るものではありません。世阿弥が言うように、その場その時の観客としか存在することができない、はかなさと向き合わねばなりません。そこに、伝えていく意思と、魂に残るものへの憧れが生まれて。
薄い蓄積も、重なれば、強い芸術になり得ると、馬場先生の最後のお話しに深々ー。
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by ooca | 2017-06-11 18:34 | 櫻香のつぶやき

こちら、お稽古

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「子どもと伝統芸能+大人」の説明会
お気軽にお出掛けください。

6月10日(土)18日(日)15時より
25日(日)14時より

日々の生活の中に、日本の芸能、芸道を加え
てみると、様々な興味がわいてきます。

私たちの日常は、生命の気配に富んでいることや、日本の多様性を知ることは、世界の多様性に交わるということ等。
お稽古の繰り返しの中から、体は体で、心は心で、そしてどちらも自分のものとして考えていくこと。

日本のことを知りたいと思い、お能を見、歌舞伎を見て、そのお芝居の心を見ようとしても、それは外部からみているのであって、そこには溝があります。溝を飛び越えなくては心を見ることはできません。自分が舞っている、踊っている、唄い、三味線を弾いている、その感覚を持つことで大きく変わります。
日本は丁寧な組み合わせ、繰り返しにより、深く、強くなる、美しさを伝えています。

様々な扉から日本の伝統芸能を学ぶことで、日本の特質を体で感じいくことでしょう。

まず、はじめてみましょう。

お問い合わせ
052(323)4499
日本の伝統文化をつなぐ

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by ooca | 2017-06-09 09:45 | 櫻香のつぶやき