市川櫻香の日記


by ooca
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カテゴリ:櫻香のつぶやき( 344 )

妙なる

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5月はのびやかな月です。
今朝は、いちごを煮てから自主稽古。
いちごを洗いグラニュー糖をまぶして放置。いちごは、甘心地を堪能している様子、こちらも、その様子を見ながらいちごになりかわる心地で。

いちごを、見ながら
あたえられた点化により「無心」の主体が、芸力を、もってやすやすと、安らかにはたらく時は、ある意味での無上の姿が自然と現じてくる。

しかし、いちごは生まれながらに妙なる創造物、ありがたくいただきます。
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by ooca | 2017-05-01 09:17 | 未分類

始まり

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お稽古場のつつじが咲きました。櫻のあと、花あらしをよそ目にしおやかに、始まりの幕をあけてます。
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by ooca | 2017-04-28 10:10 | 櫻香のつぶやき

国際伝統芸術研究会

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倉沢行洋先生がお書きになられた名著「芸道の哲学」。
道を修する者の心を説いた本である。本日は、倉澤先生からお声をかけて頂き、国際伝統芸術研究会で実演とお話をし最上の場に学ばせて頂いた。
帰りの新幹線で「もったいない」心地が溢れてその思いを手の中で壊れないように持ちかえることができた。
この心を姿にうつし、心から心に接近させる行き方につないでいくことを意識し繰返し深めていく「我」を想像しながら。

倉沢先生
「花を活かすといいながら、実際は殺す、なんでそんなペテンを言うのかー殺しておいて活かすという。それには根拠がなければならない」それは「矛盾の調和」という「人間と自然までの大きな背景があるテーマまで深く広く考え実践に結びつけていく」

私は、花を活けることを花が別の形で生きなおすことと考え、手折られる花を少し羨ましく感じている。
矛盾の調和は、主体が花そのものに成り移ることにより、高く深く大きな強いものが生みだされる。と
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by ooca | 2017-04-22 22:41 | 未分類

皆さんの大好きな桜

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咲いております。
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by ooca | 2017-04-19 20:23 | 未分類

淡いため息

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本日、知立八橋無量寿寺さんから、淡いため息を感じる椿を頂きました。
無量寿寺は、かの在原業平の詠んだ杜若の生息するお寺であることと、それ以来の東西往来の却花をひともとにした、鄙の《ふわり》の感覚が残る余韻あるお寺でした。
ここに、いくつかの伝統文化の謂れ歴史を想像する資料がありました。それは、街道の持つ、文化の流通が確かにあったことを想像できるものでした。煎茶の出来た時の愉しさや、琉球の長線という四本の弦の楽器がどのようにしてこの知立にきたのでしょう。

煎茶の由来から、想像は進み、まだ抹茶とほうじ茶以外は飲まれていない元文三年(1738)に山城国の永谷宗円が煎茶をつくり、高遊外売茶という僧侶が煎茶を広めていった。その高遊外翁は、その風雅が当時の人の人気となり、煎茶の美味しさとあわせて煎茶は繁盛したそうです。

宗円と高遊外、それまでのお茶から、新たな苦くて甘くもある薄緑色のお茶を、どのように確立していったのでしょうかー興味深く感じました。

街道という当時のパッションの残る場には、やはり何かつなぎ止められるものがあるように思います。時間や量ではない、質的な濃さに対しての感受性を、鍛えることが必要になってきています。
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by ooca | 2017-04-16 23:06 | 未分類

身替座禅

海老蔵さんの身替座禅
/愛知県芸術劇場
ぼたんさんはじめ一門での公演はあたたかな空気で始まりました。12代目團十郎の心が現れていました。

海老蔵さんの出は、うかうかとして、妻の目を盗み好きな女性に会おうとする男、右京。可愛くて純真で、憎めない男の典型化された人物があり、このお芝居の元である能の花子を受け、そこに能の志向したテーマ「永遠性」を感じられました。
海老蔵さんの二度目の出、
いつもの奥方の器量におよぶくだりも、「劇的」に比重をおくことなく進み、このお芝居が、実は現代演劇としての基盤の多くを持ったものと、あらためて知ることができました。それは、時代を超えた人間のぬくもりが存在していたからです。この舞台に、普遍的な心うつ深さを感じていました。
身替座禅を見てこんな気持ちになったのは初めてでした。
松羽目狂言の、型ものの中の至高から抜け、世阿弥の残した「去来の花」という言葉を思いました。「回帰」といってもよいのでしょうか。

妻に叱られながら、夫は幸せ
を感じー。
わわしい妻と、愛しい夫の愛情劇であることをあらためて知ることができました。
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by ooca | 2017-04-05 21:54 | 未分類

歌舞伎「鳴神」

お稽古場の入り口に一本の樫の木があります。
姥女樫という堅い材質の樫が堅い炭となり、その灰が他の灰より質のよい灰となり、更に転じてよき釉薬となり、そこからまた、この釉薬の旅は、素晴らしい陶器の一員となり「変化しながら生き続けていく」と聞きながら。

以前、「鳴神」上人について青山俊董御老師に「上人の最後の飛び六法をどうお考えになられますか」とおたづねしました。青山先生が「お芝居のことはわからないが」とことわられ「泥の底から這い上がる…」とおっしゃられた。

鳴神上人は神通力を使い、竜神を滝壺に封じ込める。その為雨が降らなくなり、絶間姫は上人の術を解くためにやってくる。
絶間姫の美しさに心を奪われた上人はつい秘術を明かす。
これをきっかけに、上人は
変化する。
絶間姫は、上人を泥から這い上がらせたきっかけになる。上人の、これまで高僧とされた地位はいったい何であったかのか。これまでの考え方から、次を生きる身体の活性に
絶間姫があり、次に姫の企みに怒り自身から変化につながっていく。堕落という意識は上人の一視点に過ぎない。そこには感情による動く視点があり、それによりつくられていく空間を、荒事の表現により、その空間に見えない力がわく。勢い、泥の底から這い上がることにつながった。
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by ooca | 2017-03-29 22:45 | 未分類
「むすめかぶきの今を知りたい」と、ブルガリアからの文学博士。研究分野は日本伝統芸能のガリア・ペトコヴァ先生、名古屋へ。私達が今の時代の中で息をし、お稽古と工夫をしていることを理解されたようでした。
エデイェルソン・ローレン女史を思い出します。
出会いにも、女時、男時があります。めぐり合わせを感じながらガリアさんを見送りました。
写真はお稽古場に残っていた、さやさんが、記念写真をと
ガリアさん、私、さやさんー機転の賜物です。
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by ooca | 2017-03-18 20:50 | 櫻香のつぶやき

夢中にさせる場です

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夢中のときには、足の痛みも適度に感じながら、それさえ刺激にしてお稽古をしています。むすめかぶきは、小さな頃から、様々なお稽古を体験してほしいと考えています。お茶、三味線、謡、日本舞踊、歌舞伎。お稽古場のお花も活けたりします。全部体験できます。
まず、小さなお庭を通ってお稽古場に入り、大きな声でご挨拶をして、お稽古着に着替えます。お稽古が終わると、先生とお菓子を頂く時もあります。お稽古場のお掃除もお手伝いしたりするときもあります。
お稽古場には様々な人が来ます。明日は、ブルガリア国立映画演劇芸術アカデミー客員講師のガリアさん。
むすめかぶきのお稽古場は、皆さんと伝統芸能だけではなく、もっと何かあたたかくて、大きなものと、コネクトをしていると思います。
お稽古場のコネクトって、違った思考ともつなぐことができているように思うのです。
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by ooca | 2017-03-17 23:18 | 未分類

昨日の深夜電話

「江戸の文化をそのままに、変なテクノロジーを持ってしまったため考え方が歪んでる」と電話。

町中に聞こえる人の声、昔ならばよく通る、いい声の物売り、どこかの家から聞こえる謡の声、つい足を、止めて聞いてしまう。
神戸甲南山手の駅から仕事先の大学まで細く曲がりくねった道が、なかなかきつい上り道。息をきらして歩いていたら謡の声が聞こえきて、ちょっと不思議な感覚になった。今まで息をきらして歩いていたのに、体が軽くなって愉しくなっている。
鶴舞のお稽古場でも、奥は、常磐津、小唄、長唄のお稽古をしていて、時折、人が足を止めて聞いているそうです。
邦楽の音色や唄、語りが聞こえるのは『風情ある』ことに思います。
良い言葉です。
街中での若い人の演奏も、アンプを使わないで、生で聞かせてほしいー。
それに、工事の音、あれも。
深夜の電話で友人と話す。
頑丈でなくていいとー私達。
肉体感覚、感情が肉体に支配されていることも。
体が自然に馴染む、踊りたくなるのは、良い音楽や良い作品だということ。など
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by ooca | 2017-03-16 13:32 | 未分類