市川櫻香の日記


by ooca
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<   2010年 12月 ( 10 )   > この月の画像一覧

覚触=カクソク

肉身でこの澄んだ気持ちを実態験するのを覚触(かくそく)というそうです。むすめ歌舞伎公演に向け懸命に基礎訓練に励む若い人達に、宇宙に続くこの覚触を、筋肉の構えから得られるように指導を心がけます。一挙手一投足に宇宙いっばいすべてを吸い込み、また、すべてをはいて。難しくはありません。どの筋肉も本気じゃなければならないのですが、本気を勘違いして顔中に力をこめてしまう人や、目先のことのみにとらわれて身体が自在にならない人も、よく考えれば毎日の自分の生活態度なのです。今年もあと僅かをお稽古で締めくくります。腰を入れ、筋肉をつくること、かたちを肉身にうつすことは、自分を無にして。いつも全力で取り組む癖を身に躾ます。明日もお稽古を大切に、新年の準備も。鏡餅の数は、この地の御先祖様へ、各師匠とお稽古場の門をくぐる弟子の分をお供えします。今年は昔の羽子板も飾りました。注連縄は毎年、送って頂いているものを舞台へ。日本の伝統文化芸能についてを語り考えることは神々を身近にすることです。今年の災難も、感
謝します。人間しゃんとすることを学びました。年々是好年であるように。
有難うございました。
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by ooca | 2010-12-29 01:20

今年また一年を感謝

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今日は、朝から大掃除。お稽古お舞台も、一年を感謝して、埃を払い、濡れた布拭き、空拭き。皆さん、ご苦労様でした。昨日のクリスマスは今年、初めてお稽古場の入り口のささやかなお庭に少しばかりイルミネーションでお化粧をし、皆さんと忘年会を兼ねて、美味しく頂いたり、飲んだり。常磐津綱千華さんの準備の中、常磐津演奏会と櫻香の会の今年の皆の舞台を、舞台の正面板に映写し反省会をしながらずいぶん遅くまで。映写中の皆さんの真剣な眼差しは、皆さん少しお酒が入っていたはずですが、大変集中していました。日々に真摯にお稽古に向かう人達の姿が、文化のありかたとして形になっていることを感じました。師匠とお弟子さん達で守っていく『家』そして『型』、そういう文化、それが継がれてみて初めて『伝統』というものとなるのでしょう。写し出されるお三味線の手、浄瑠璃を語る姿、舞踊の所作から所作の流れ、映像という記録は、その時を思い出させながら、それぞれにその感覚をちょっとスタンスをとって蘇らせました。皆さんとゆったりと過ごせました。写真は、私より古くからここ、お稽古場の入り口に咲く椿です。
有難うございました。
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by ooca | 2010-12-26 23:42

石投げの見得

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歌舞伎の荒事の型に『石投げの見得』というものがあります。その型をつくる手の形や位置は、エネルギーの発露を最も強く美しく生かしています。美しい形にはここでなければならないとした位置を知り、自身の身体の燃焼を、体感することです。『石投げの見得』について、書いてみます。文章で分かって頂けたら、かなり歌舞伎通です。まず、自身のお臍の前に伸ばした両手が胸の前で美しい合掌をします。お腹から力を込めたままそれぞれを上下に気持ちと形を崩さず、右手は頭の芯の上、左手はお臍の前に、右手親指で頭の真上の身体の芯からその軸を引き出しているように、左手も同じく親指で、自身のお臍から身体の内にあるエネルギーの軸を引き出しているような感触です。
止まっている身体からの力を感じる、つまりエネルギーを内にためて、力を集中させ、形の極まりを内外引き合いのゼロ地点にすべての空気を凝縮し極まります。この感覚を身体にしていくことは、それなりに時間がかかることだと思います。これを自身で自身に調教していく中で、感覚的に得られていった時こそ、歌舞伎の宇宙を手にしたと言えるのでしょう。これが、馬術に近い体験であると、木下順二著『゛劇的〃とは』を読んで知りました。この本の、2 馬の話から  に書かれています。「馬の姿勢をつくるということ」この部分を引用しますと、「馬術の際に人間が馬の姿勢を力学的に最も効率的なところへ持って行く、それにより馬の巨大なエネルギーが、馬体の中にぎゅっと凝縮され、馬術用語では、゛収縮゛というが、圧縮されて溜まるわけだ。そこでその溜まったエネルギーを利用して馬に軽妙な舞いを舞わせる。それが馬術というものである。」そして、木下順二さんは、この本で、「ドラマというものは、無限の過去から無限の未来へつながっている
時間、また無限定にひろがっている空間、それを、限られた上演時間と限られた舞台空間の中に、いわば引きたわめて凝縮的、圧縮的に表現するものである。〜引きたわめられて形成される小宇宙、しかも自転する小宇宙、それがドラマ」と書いています。ようするに、芸の嵩(かさ)につながるお話です。これは、一般の人にもあてはめて考えることが出来ます。自分の身体内の激しさ、性分の持つ激しさを、客観的に捕らえるすすめは、昔から多くの先達者の教えです。自分の中に、さわぎたてる鳥をいれておく鳥かごを持つように、自己反省の教訓です。ただ、さわぎたてる鳥を調教までは、考えるところではなかったのですが、この本のこの項に書かれた部分に、伝統芸能の訓練時のみでなく、人間訓練として読むことができます。
馬術は競馬の馬と違い、調教によりそのエネルギーの内包を持続しながら、細かな演技動作を行います。そのエネルギーは、動かない馬の肉体から立ち上がる湯気の量で推察されます。
以前、フランスで見た「ジンガロ」の馬の静かなその演技の美しさに魅了されましたが、確かに溜めの力を配分しながら、繊細にあの巨体を自在に描く様は、走り抜ける競馬の馬の美しさと別な陰でありながら、その嵩の充満した存在感は感動でした。そうです、歌舞伎の見得は炸裂と内包の賜物です。美しくありたいです。
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by ooca | 2010-12-23 02:17

勧進帳好き

大曲、勧進帳の型を高校生につなぐのに、言葉や論理にして伝えるのでなく、また、間を哲学にして合理的に伝えるなども到底おかしい。
勧進帳をどう楽しもうか、という少しだだくさに聞こえるかもしれないけど、それがいいと思っています。
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by ooca | 2010-12-17 23:43

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by ooca | 2010-12-14 13:39

今とちょっと前

昨日頂いた美味しいみかん達、可愛いちっちゃな子供達みたいで、みかん見ていて、なんだか笑顔になるなんて初めてです。ここから送信ミスの分です。(12月11日の日記)今日は、俳優の田中幸子さんと朗読勉強会。大先輩の田中さんは、今年の春、名古屋市の芸術特賞を受賞、大変有り難いことに私も同じ日に奨励賞を頂き、その受賞式に久し振りにお会いしました。帰り際「櫻香さん、わたし今、古典の台詞の勉強がしたいと思っているの」と田中さんの言葉を聞き、「宜しければ、私も田中さんから学ばせて下さい」これより、月一度の朗読勉強会となりました。来年3月勧進帳の朗読劇を田中さんの特別参加、むすめ歌舞伎公演で上演します。田中さんは昭和一桁生まれ、同じ年代の女優さん、民芸の佐々木すみ江さんのような感じで、キリリとして強さが暖かさとともににじみ出て燻し銀の感じです。
佐々木すみ江さんと言えば、泉鏡花作、坂東玉三郎さん監督主演映画「外科室」の乳母役で、明治の時代設定、伯爵夫人に仕える乳母の役が目に焼き付いています。鏡花が描く女性達は、社会と自己との中で溺れそうで、しかし、決して弱いのではなく、凛として、直球に生きる美しさと繊細さを感じます。繊細さには厳しさも伴いながら、歓びもあります。求めるものは、目先の事柄ではない、生涯かけて捕まえていくことですから、今わからないが懸命に生きていく中で、わからないことを、忘れないで、また、わかりたいと思うその思いを大切に持ち続けることへ憧れを感じさせてくれる、よく考えると鏡花の世界にはそんなところがあると思います。小さな頃、お師匠さんのおっしゃることには、わからなかったことが沢山ありました。「今、わからなくてもおっしゃる通りにすること」とまわりから教わりました。年を経て、その答えを徐々にに融通無碍であると感じていくと、わからないことの答えは、なんとも暖かでした。大切なお稽古という時間を繰り返し、そのつどのはりつめた
充実こそ、答えなのですから、その時の数え切れない充実が、今を支えてくれているーと感じます。田中幸子さん、泉鏡花の世界、そしてお稽古のこと、とりとめもないようですが、つながっています。有難うございました。
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by ooca | 2010-12-14 13:36

「翁」鈴の段と「保名」

昨晩は大変素晴らしい、笛の音でした。藤田六郎兵衛氏のお笛は、何かを招きいれていくような感覚に、単なる肉体の棒きれから「保名」となっていくような自身を体現したかもしれません。かもしれない…というのが確かなように思えます。
この催しは、外国の研究者の方々のお集まりでした。蝋燭の灯の中を藤田六郎兵衛氏のお笛と私の踊りを日本の伝統としてご紹介して頂きました。 こういった催しの成功は、主催の方々の並々ならぬ伝統芸への深い理解があってのことと思いました。
有難うございました。
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by ooca | 2010-12-11 00:35

第三回櫻別会

今日の櫻別会、いつもですが、皆さんの暖かなご声援を嬉しく頂き良い勉強の機会となりました。有難うございました。
【根気と我慢はどちらも必須それと屈強な信念】これは今日の一巴太夫師の芸談。更に、うがいの仕方も、声をお腹から頭までとどかせる訓練の形も、ごく自然にされているようで、単なるうがいが、そうではなく、発声の調子を整える工夫のようでした。それは、「お」の発声のお口で、高音を実際に出されてガラガラとうがいです。そうそう、いつも楽屋から聞こえます。30年以上もの年月一巴太夫先生に様々、楽しくお話しを伺いながら、芸とその人生訓にふれさせて頂きました。本日、あらためてお話しを伺いました。普段のままのいつもの会話でしたが、皆さん、お楽しみ頂けたようで良かったです。
今、この瞬間ぎり、ここに精一杯力を入れるより他に何の途もない。沢山の恩師は皆私にこの事を教えて下さいます。そのことが回り道をしながらやっと…あやかりつつ…かな
「景清」は、幾人もの人物描写を演じ踊り分け、ご覧頂く人の心に思いが生まれるように。振り、所作は心理を示す直接的なものではなく、心理を引き出し、想像力を誘うものとなりますよう。今日の反省を忘れないこと。
祈りながら

有難うございました。
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by ooca | 2010-12-06 02:39

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櫻別会の準備で夜遅くなりました。皆のお蔭で内容も深まりました。お疲れ様でした。平家物語の弓流しー那須与一【扇の的】の箇所を読むと、一層、常磐津「景清」を楽しめるのは、当然といえば、当然でした。平景清の名前は平家物語で初めて私達の前に現れました。なんでも、原作があるものは原作を読んでみるべきとは、本当にそうです。実感します。櫻別会では、平家物語のほんの一部を朗読するところから初めることにしました。これ想像上では幽玄から入って、まさに現代から虚空を越え、今から200年ほどまえへタイムスリップをゆっくりするイメージです。何事にもコツコツと真面目に取り組む人たちにより、新たな発想や想像が生まれ、伝えられていきます。春から新しい取り組みのスタートがきれますようすべて無駄などなく今を迎える必然の繰り返し、有難いことばかり。
読んで下さった皆さんにも有難う。朝が来るまえにしっかり休みます。
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by ooca | 2010-12-05 01:18

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本日は、神戸にて、常磐津「景清」から見る 平家の武将、悪七兵衛景清を演者の目からお話しします。
平家物語、巻第11那須の与一「舟のうちより、よはひ十八九ばかりなる女房の、まことにゆうにうつくしきが、柳のいつつぎぬにくれないのはかま着て、みな紅の扇日出したるを、舟のせがいにはさみ立てて、陸へむひてぞまねひたる。」この柳は柳がさねのことで、表が白、裏が青の重ねの色目で、冬から春にかけての女房の装束をいいます。いつつぎぬは五枚重ねて着ている描写、袴は紅、扇も紅、これは赤い地紙に日の丸の金箔をおしたもの、それを舟の両側に立てて陸に向かってまねいた様子が 書かれています。
この景色を見ながら、常磐津、景清の「と夕まぐれ、かざす扇の骨がらみ、かくとみぎわに那須のがひらり」舞台に広がる光景です。
お読み頂き有難うこの続きはまたあとで。
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by ooca | 2010-12-03 14:21