市川櫻香の日記


by ooca
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昨日のブログ続き

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写真は明日の尺八奏者DEBBIE DANBROOK オーストラリアの方と昨日ブログでご紹介しましたが間違い。カナダの方です。
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by ooca | 2011-03-30 11:44
大変な災害と、放射能の不安。本当にたくさんの方達の様々な厳しい状況を私達は、一時も忘れません。
この度のむすめ歌舞伎公演も、私達は、只遠い名古屋からですが、祈ることを、役目に、これ以上の苦しみのないよう、少しでも早い復興と、正しく将来へ向かう道が得られますように、願いをこめて催しました。
まず最初に、常磐津「松島」。謡いの部分「黄金花咲く山遠く~」から始まり、二上がりの合方の部分を繰り返し、最初は、愛する自然の様子、二回目は、母なる神への祈りとして、踊らせて頂きました。
お客様全員で黙祷。
勧進帳の朗読は、ベテランの田中幸子さん、長唄の杵屋喜多六氏、喜鶴氏のご協力を賜り、朗読する女性達の役割も、番卒、四天王、そして、弁慶と、長唄の部分を少し分かりやすくした歌詞を、3人で謡い、また、台詞にし、ベースは本を読む人として、この上演の器の部分を受け持って頂きました。若い人達の、富樫、弁慶、義経の頑張りは「時の花」でありましょう。大変好評を頂きました。良くできたと思います。お運び頂きました皆様には、少しせまい場所でしたので、窮屈な感じであったと思いますが、終演時には、皆さんがこの公演をとても喜んで下さったことがよくわかりました。涙ぐんでおられる方もいらして、本当に有り難く、また、ほっといたしました。

昨日は、文化庁からの委託事業「社会人のちょっと伝統芸能」の1年目が修了。初風の会として、発表会となりました。短い期間ではありましたが、このような機会に挑戦された皆さん、私達の伝統芸能への気持ちを充分受け止めて頂いたようです。これからも是非頑張ってお稽古続けて下さい。

また、新たに、6月からこの講座が始まります。同時に、11期を向かえるIかぶきの募集が始まります。
チラシを明日には、むすめかぶきホームページにアップしますので是非、ご覧頂き、一緒にお稽古を始めて頂きたいと思います。藝の道を歩むのは、心の旅を始めるのと同じと考えると、思い立ったときから是非お稽古に通って頂きたいと思います。お稽古の時間が本当にかけがえのない大切な時間に思って頂きたいのです。

藝の字は、古くは、学問、芸術、科学、技能を包括した才能百般についてを意味したそうです。
お稽古が、将来にいかに寄与するかは、皆さんと真摯にその所産をひもとき、学ぶことにより現れることと思います。社会と藝道についてを、結びつけていきたいという思いは、藝の家に生まれた私の願いです。1983年に書かれた倉沢行洋氏の本に、近代においての科学の問題を問いかけています。「近代人は科学の発達を求めるに急であるあまり、科学する人のあり方に無関心でありすぎた。ようやく、そのことへの深刻な反省がなされ、科学のあり方と人のあり方との結合が求められようとしている。しかるに、科学も広義での藝のうちである。科学のあり方と人のあり方とが結ばれた立場で科学することは、とりもなおさず、科学を藝道として行うことである。」そして、藝と人とのあり方を、「ひいては人間の生活と文化全体のあり方に大きく深い示唆を与えるものである。」と書いておられます。皆さんと共に学ぶ場としていきたいと思います。

今日も、寒さと不安、たくさんの悲しみを抱いて、夜を向かえられている皆さんに、祈りを届けたいと思います。

私の出来ることは、祈りを込めて、常磐津「松島」を懸命に踊り続けることがまず一つです。

今月、31日午後6時開場6時半開演、名古屋市千種区今池1-3-4 * 5/R  Hall&Gallery(ファイブアールホールアンドギャラリー)で、尺八奏者の女性、デビィさんがオーストラリアからいらして、この震災への思いを、尺八にのせて届けたいという思いです。東京での予定の演奏会が震災のためできなくなったということです。以前来日されたおりに2回ほどお会いしています。彼女の透明感と尺八の音色に、とても親近感を抱きました。当日義援金の募金を呼びかけるそうですので、皆さん集まって頂けたらとおもいます。入場無料です。


本日些少ですが、名古屋むすめ歌舞伎から、中日新聞社より義援金を送らせて頂きました。
本当にすこしずつですが、出来る事から始めたいと思いながら毎日を過ごしております。
どうか、頑張って下さい。
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by ooca | 2011-03-29 20:12

むすめ歌舞伎公演

いい会でした。
こんな方法も私はありだと思います。小さな頃から邦楽をどう皆さんに楽しんで頂くかは私に課せられた役割でした。また、幼い頃、亡き父の書いた芝居の本や、残していった本を母から見せられその時の胸の高まりを、ずっと抱きかかえてきました。朗読勧進帳は私の中にあるものを育てていったように思います。明日も2回公演があります。お稽古舞台、半寿で開催。住所、名古屋市中区千代田3 −10ー 3 です。電話0908730912です。

お待ちしてます。
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by ooca | 2011-03-26 23:53

人が思いを現すことについて今まで、3月11日以前、そんな人を面倒な人。の雰囲気があったように思います。今、毎日の悲しみ不安の渦に、人が人を支えていくことを、見て、これが、何か変化へとなり、自然と大きくなって、何か変わっていく私達の、流れの道となるように思いませんか。何であってもそれは、何かをもたらしていくことのように思います。人が人を思うことを現すのは笑い喜びそして、悲しみ、その悲しみを支え共有することが慈悲心です。その思いの軸は、責任感だと感じます。支えていきながら互いに責任を育て、何か出来ることをしたい、わかち合いたいと望みます。さて、テレビにうつる様々な人をじっくり見て見ましょう。本当に慈愛を持って責任ある行動の人かどうか。この時期にではありますが、私達は、今週土、日曜日むすめ歌舞伎、朗読様式での勧進帳をお稽古舞台で致します。
声や姿の、訓練。そして、心の訓練。皆で取り組んでいます。開催することがどうなのかと考えましたが、人が人を思うことを目の当たりにしている今こそ、勧進帳の富樫、弁慶の心のひだを考えながらそのもっとむこうに、人と人の思いを台詞を通り越し、本人そのものとして歌舞伎の力を借りて現し捉えられたらと。人の心を感じる今を、大切に育てていきたい思いです。そして、災害で大切なご家族友人を失った方々に哀悼をおくり、公演のチケット代金の一部を送らせていだだき、復興をお祈り申し上げたいと思います。
有り難うございました。
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by ooca | 2011-03-24 12:53

【天の探女】のこと

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石巻で10日ぶりに80歳の女性とお孫さんが救出された。助け出した救助隊員も被災者である。救助した隊員のお一人が、将来何をしたいかと、声をかけたそうです。助け出された孫は、芸術家と答えたそうです。一つずつの命を感じていく日々です。
多くの命を残酷にもからめとっていった3月11日、あの日あの以前に戻してほしい。「大地がうなり、海が怒り狂う」この台詞は、何事も意のままに叶えられるという【如意宝珠を主題】に、昨年、歌舞伎、狂言、能の融合として新作【天の探女】に書いたものです。 願いを叶える不思議なこの宝珠に、美しい光る石の入手を祈り、手に入れる。しかし、引き起こる天変地異。主人公の女官(巫女)みぬめは、懺悔します。この国の美しい山、海、元の豊かな自然に戻して欲しい、と。
災害にあわれた多くの方に大変申し訳ない内容で憚られましたが、記載しました。
この作品は、書いた私にも気づかなかったことですが、生きている私達には、ある決められた型があり、そのことが現実的に感じる時代をむかえているように思います。
みぬめは、宝珠に、再び以前の国に戻るよう祈る。気が付くと、あたりは、以前の美しい住吉の浦であった。
みぬめは、生者か死者か、また、あの天変地異から、どれ程の歳月がたっているのか、または、あの恐ろしい光景は夢であったのか。私もそのことはわかりません。
しかし、再度、みぬめの前に現れ如意宝珠を捧げる童子に、みぬめは、今度は慎ましくはっきり宝珠を辞退する。こういったお話しは、かってより、いろいろな形式で伝えられていたように思います。
大人は未来への今を思考する責任者です。芸術、芸能伝統文化は、きっかけとなりまた、鎮魂とも。
この【天の探女】は、能【岩船】から始まりました。取材先の神戸住吉神社で出会ったご老人の、住吉の山からとれた石の話しから、歩み出しました。もう一度、過去から今、今から未来に、頂いた命を考えてみたらどうかと思います。
美しい人達の美しい国を被災者の皆さんから実感します。

本日の中日新聞は、救助の記事の横に、【空、海からリビア攻撃】また多くの命が奪われています。

今日の勧進帳のお稽古は長唄のお三味線も入りました。流れが出来ました。若い人には、お行儀よく、基本は、まだまだ、飲み込めていない分、敬虔な心で、足りない部分を埋めてほしいと思っています。

有り難うございました。

(昨日送信不備にて):写真は、櫻香の会より「天の探女」。後の場面、みぬめが老人の杖を手に舞う。
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by ooca | 2011-03-22 11:35

今日。そして松島

昨日も勧進帳のお稽古を中心に、若い人達や社会人の方のお稽古、今日は引き続き、社会人の今月末の初風の会、お三味線の上げざらえと歌舞伎の台詞と所作です。日本の伝統芸能には、日本の美しい自然に抱かれている喜びを感じる曲が沢山あります。それは踊りこんでいく中、また、振りを教えて頂いている際に、初めての出会いの感覚で、感じとることがあります。それは、少し広く見ると、わだつみの日本神話の波の一つだったり、おこがましくも神人だったり、厚かましくそんなことを感じることは、坪内逍遙の新曲浦島、河竹黙阿弥の松島など、曲と振りにより、そんな思考が、引き上げられていくように思います。松島(明治17年開曲)は、十代の頃、よくお三味線のお稽古をして頂きました。曲、歌詞が名所を歩む旅人を、浮き立つように描いています。今、感慨をこめ、語り出しの歌詞についてを記しておきます。【まずは、・勿来(なこそ)の関=古代奥羽三関の一。いわき市近在に遺跡があり、平安期以後は白河の関の事。・過ぎし昔を忍ぶ
ずり=福島市のもじずり石、または、陸奥国信夫群の忍草で摺った絹などが織り込まれた歌詞から始まります。・利府の菅菰=地名の利府、・浅香山・宮城野・瑞厳寺と語られます。そして、松島の春を・黄金花咲く山遠く、と唄い・千賀の浦辺=塩釜の浦の景色が書かれています】この後は、夏と秋、冬の景色を、人の営みや情感と合わせて景色を描き、最後は、お三味線の曲調豊かに、曲が作られています。今は悲しいですが、海を表現している曲調は、強く激しく、曲が終わった時に、尊い心地こそ感じます。松島を全曲は、なかなか拝見できませんが、お振りと形を藤間蘭景先生より学ばせて頂き、全曲を踊りますと、お流儀の型の心の、歌舞伎の骨太で力強い、型から型、その流れに、昔の人々の敬虔さが自然私の中に生まれていくような心地です。
二階の常磐津のお稽古は今丁度、松島です。
伝統邦楽とその表現は、しかるべき心を培いながら、よく研究し伝えてこそ、その真意に導かれます。それは、日本人の思考を作っていくように思います。もう一度、見渡し、よき導き手を得なくてはならない時代ですね。
今度こそしっかり励まし合って。
二階は、「篠を束ねてつくよな雨に」夕月船頭(1847年初演)のお稽古がはじまりました。お三味線は確かに雨を描いています。と思っていたら、本当の雨の音も混じっていました。
有り難うございました。
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by ooca | 2011-03-20 17:19

夢の叔父から

夢を見ました。
地震の早朝に亡くなった叔父が、大勢のあの世とやらに向かう人達をながめて、驚いています。こんな夢、不謹慎でしょうか。災害にあい、準備なく亡くなった人達は、まだやりたかったことなどを話しています。幾日かは、まだあの世とやらにいくには間があるようです。その間にやり残したことをしようという感じでした。悲しみは感じません。皆々慌ただしくされているのを、叔父の目線で知らせてくれたような夢でした。不思議です。有り難うございました。お祈り致します。
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by ooca | 2011-03-19 23:03
宮城県にある松島は、日本三景の一の景勝地である。
伝統邦楽の常磐津節にも、この地を愛でる唄がある。

3月11日の大地震と、津波により悲しみの地となってしまった。
この日は、もう一つ私にとり忘れられない日となっていた。
午前5時55分、父代わりの叔父が病院で逝った。

午前10時、入院中の叔父を見舞うつもりで病院へ行き、死亡診断書を
渡される。叔父の自宅は留守。
所在を探しあてた。
一旦、家に戻ったところで、名古屋も巨大地震の余波を受け揺れた。
お稽古場から、いそいで外に出ると、近くの会社の人達も
あわてて飛び出してきた。そこに、また、大きな揺れがきた。
道路がゆれ、電信柱をゆすっている。

叔父のところに戻る。
無言に横たわる叔父は、生前をケセラセラと乗り越えた人だった。
そんな叔父の髪と顔を整える。
地震情報を聞き、万が一、今、巨大地震が名古屋にもきてしまったら
叔父の遺体を皆でかかえて非難するのであろうか・・。
なんにおいても、やはり叔父を守りたいと思った。

3月12日報道される映像は、大変失礼な話しかもしれないが、映画
クリント・イーストウッド監督の「ヒアーアフター」と重なった。当然ながら、現実に
対する感覚は、体中が締め付けられ、全てに脅威を感じる。
映画は、津波に飲み込まれた女性の様子を、描いていた。
今、報道されていることは、すべて事実である。事実においての脅威と、映画では全く違う。
私達はあの作品に、自然における脅威という観点を、作り物としてしか見ていなかった。
恐怖に対してまさしく鈍くなっていた。
映画では、奇跡的に助かった女性のその後に起こる感覚的な知性を追っていく。
何かを感じることに、素直になっていくことは、大切なことだと本当にこの災害で感じた。
感じとることとは、地震や津波を余地する能力ということではなく、私達は自然の一部
なんだということ。この巨大地震、そして脅威の津波により、多くの命を失い、まだこれから
増幅されるであろう、さまざまな困難を前に、軽はずみな思いは、言えることではないが
しかし、生きることを、魂を持って本気に力をふりしぼることであるとなった時、何かが
私達の前に見えてくると信じたい。必ず見えてくる力が我々にはあるはずだと信じたい。

美しい日本、美しい日本人。
「松島」の曲には、三陸の景色を愛でて、ようように瑞巌寺に着き
これより、三陸を旅をする者の浮き立つ心が描かれています。
<櫻の名にし塩釜、夏の茂りに御社をうずむ若葉の若浜や 涼しき風の福浦に>
この地震と津波で私達が慈しんだ、人達その場、すべてを持っていってしまいました。

在るものは、無いもので、無いものが、在るものの通りなのかもしれません。

3月13日、叔父の告別式後の、お坊様から「行雲流水」のお話を頂きました。
自然の流れにまかせて・・生きる。難しいです。
自然の力の恐ろしさをまのあたりにした今、私達は、この自然にまかせることの
本来の意味を本当によく考えるべきだと思いました。
厳しく強くあってこそ、行雲流水、修行僧を雲水と言うように、この世に修行に
きて、そして、皆で心を一つに助け合い、励まし合いいくのです。

どうか、希望の光をたやさぬよう、心より祈り続けます。
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by ooca | 2011-03-14 21:18

祈り

祈ります。皆さん出来ることを。
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by ooca | 2011-03-14 10:47

鶴瓶さんのふあん?

昨年、名古屋NHKに、公演宣伝に出演させて頂き、鶴瓶さんにお会いしました。テレビで見る以上に、あったか。鶴瓶さん絶妙にしてほっくり、さすが。テレビからは伝わらない雰囲気もちょっと気になります。初めてお会いした鶴瓶さん、ファンの私を、ファンから不安な人に変換してしまいました。なんだか嬉しいキャッチボールはあったかでした。有り難うございました。鶴瓶さんにはその時、むすめ歌舞伎を応援して下さいってお願いしました。今月26日27日です。むすめ歌舞伎の若い人達、弁慶、富樫、義経さん、めざす素直で品格のある仕上がりです。このみずみずしいエネルギーは、能でもなく、まさしく女の子の歌舞伎です。次につないでいけたら、なんだか素敵な歌舞伎になります。皆さんも、どうぞ宜しく応援、お願いいたします。
公演会場の入り口にある櫻は当日開花間違いありません。今日も、枝先を色づかせ、めきめき頑張って咲こうとしています。皆さんのお運びをお待ちしてます。
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by ooca | 2011-03-11 01:32