市川櫻香の日記


by ooca
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<   2011年 05月 ( 12 )   > この月の画像一覧

今日は、野村小三郎さんの、又三郎御襲名の公演でした。先代、又三郎先生には、ご存命中、先生の先生らしい仙人のような眼差しで暖かなお言葉を頂戴して参りました。大変僭越ですが、私の祖母を思い出すことがありました。本日はおめでとうございました。又三郎さんの、結婚披露宴が、なんだかつい最近だったように思います。あの時も、又三郎さん、ご挨拶で泣いてしまいましが、今日も父上を思いご挨拶の最後に泣かれていました。が、結婚の時と涙の嵩が違ってました。先代の風合いと違う肌触りの芸風に、いつか先代のあの仙人が現れてくるように思います。一つずつの狂言について私が申し上げることも憚りますが、中でも野村萬先生の「子盗人」の出から引っ込みまで、温かくもあり、どこか懐かしくもあり、深く広く、品と格がありながら、ぎりぎりのところに妙味がありました。
以前にも野村萬先生の知識と見識の広さを伺う機会があり、今日の公演後のパーティーでの祝辞も、またしかり。先代又三郎さんからのお手紙を皆さんにご披露され、ご自身お読みになられました。それが素晴らしく一編のドラマを聞くようでした。この国の終戦時がどうであったか、終戦1週間後に、演能を復活されその際の様子が書かれた手紙でした。芸団協の会長をつとめられる、野村萬先生の芸と人は愛情と責任にあふれていると感じました。それは、舞台でも勿論、現れていました。子盗人での萬先生の盗人が、盗みに入った先で、その家の子をあやします。盗人でありながら、それ以前にある人間としての父性を感じました。
むすめ歌舞伎も今年、小さな子供たちが、初舞台を迎えます。
「可愛いという心」は、どこからやってきたのでしょうか〜。新、又三郎さんの長女、四歳のさよさん、初舞台のお猿さん役、フクフクふわふわ可愛いい初舞台でした。
翁で面箱持の大役をされた、10歳のご長男もおっとりされて立派でした。おめでとうございました。今日のお客様はこの相続されていく伝統の歴史を楽しみにお持ちになられたように思います。こういう楽しみ方が、「日本」流と胸を張りたい思いです。むすめ歌舞伎も、こんな感覚で始まりを迎えています。今日もありがとうございました。
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by ooca | 2011-05-30 00:45

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朝の鶴舞公園、ばらは朝が素敵。
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by ooca | 2011-05-28 08:19

気質

歌舞伎は、江戸時代の〜というのは伝統芸能の研究者におまかせし、実演家としては、社会やそこに生きる人間にとって、『いいよね』『必要だね』と言って頂けるものとなったらーと益々に思います。本日の朝刊、中日新聞に、長寿の国を診る、『学問の自由、掟とは、権力や利権はもとより、思想や信条に左右されず、真実を追求しごまかさないという研究者の原則である』大島伸一先生が書かれています。先生のおっしゃる行動の原則がいつの時期からか、消えていきました。科学で人の心は、はかれません。人の内面を、作物を耕すのと同じように、手をかけ心をかけて。私達は歌舞伎を通し学んでいきたいと思っています。まずは、身体の中にある嫌いな自分、大好きな自分、全部、歌舞伎の荒事の演技と所作で力一杯外に投げてその先をしっかりにらんでスタート。しっかり考えることも心の良いくせとなるように思います。母が、昔の方々の語られているテープを毎日整理しながら聴いています。ビデオも八ミリも膨大。今では語られていない曲など、残しておきたいと思っています
が、長期の保存に耐えられず、新たに録音しなおしたり録画したりが必要です。聞く機械、見る機械も昔のとは違います。なんだか、本当に困ります。八ミリビデオのカメラどこかに売っているのでしょうか?探しています。今日も有難うございます。
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by ooca | 2011-05-26 11:22

心の止めがね

 女子の凄婉さ、その存在自体を【邪】とする、仏教的な倫理以前の感覚による潔癖感と、自尊心、湧き起こる抑えきれない内面の苦悩を、新歌舞伎十八番『紅葉狩』の更科姫、実は、鬼女や、能『求塚』に感じます。
紅葉狩は秋であり、求塚は初春を舞台に、両者ともその季節の感覚が、ある異様な劇的な何かを引き付けていきます。前者は、都会からの女たち、後者は、鄙の女たち。いずれも、紅葉狩や若菜摘みといった、季節を愛でる、和やかな行事の、詩情の情緒から始まります。前者、歌舞伎の作者は、黙阿弥。後者の作者は観阿弥です。いづれも伝説や伝承を元に作られました。そして、いづれも、うつつの旅人(歌舞伎は浮き世の旅人とも)ーの男たちが彼女らに遭遇します。紅葉狩は、愛を知った女の苦しみの姿。春を舞台とする求塚は、まだ愛する事を知らない若い女の無垢な凄艶さによって向かった姿。
常磐津『娘獅子』を、古格を保ったうえで、新たに、振付を考えさせて頂くという大役を頂いたところ、只今の段階は、これまでの古典の中にある同じカテゴリーの感覚的な部分を比べながら全体に向かっています。
夏の常磐津演奏会(刈谷市です。初の刈谷市アイリスホールという会場です。8月14日)で上演します。
中島敦の【山月記】、以前拝見させて頂きました、野村万作氏演じる虎と姿を変えた李徴(りちょう)が、山の頂に上り、月に向かってほえる姿が目にやきついています。虎になった李徴本人の苦悩は壮絶であることは間違いないのですが、第三者的に見れば、この苦悩に悲喜劇を感じます。激しい悲しみは、人であることを忘れることの出来ない辛さ、できるならば、かって人であったことを忘れて、堂々と一匹の獣でありさえすればどれ程楽でしょう。そんなことを思い自分におきかえてみたりすると、肩の力もぬけ、まさに悲喜劇を上演しているかの日常に愛着も感じたりします。
紅葉狩も求塚も、最後まで、苦悩は晴れません。紅葉狩の鬼女と山月記の万作氏の虎になった李徴、よく考えると遠いようで近いように思いませんか。
娘獅子は、近年に出来た作品です。獅子物の曲調をいかしています。
蝶にたわむれ、花の香にまどろみ、山蔭を行く雲を見上げ、鳴く虫の音に耳をかたむけ。
曲全体が、美しい四季を愛でています。伝説の架空の獅子の、前世を美しい人間の女性として、山々の草木、鳥や虫、蝶と共にこの身が自在にたわむれ踊ることは、なんと羨ましいことでしょう。人の魂であれば解放でありましょう。人間の持つ罪なる存在は、伝統の型にゆだねた、舞、踊りにより、まるで魂が濾過され浄化していきます。想像してみたいと思います。
いつも有難うございます。
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by ooca | 2011-05-24 11:01

アイラブ歌舞伎

可愛い〜。小さなみくりさん、みちとさん、お兄さんのしゅんとさん、お茶のお稽古始まり。いいですね、大切な始まりの日は、爽やかなお天気でした。
私の小さな時の初めてのお唄のお稽古を思い出しました。三才だったので浄瑠璃の本の文字がまだ読めず、口写しをして頂きました。おしょさまは祖母でした。
口写しが終わり、『はい、よくできました』『さぁおしまいですよ』祖母の言葉を、そのまま、真似て【口写し】はなかなか終わらず、三味線を置いた祖母は満面の笑顔でした。今日は、まさにそんなみくりさんでした。小さなみちとさんが、ちょっとお兄さんをしてくれました。
今回、アイラブ歌舞伎の、お稽古ご希望の方、途中からの参加や見学も、どうぞ入らして下さい。お待ち致しています。そういえば、祖母は、鰹節を削るのも、お米をとぐのも、おいしくなるような『シューシュー』とか『グシュグシュ』って音を教えてくれました。今だに、お米をとぐときに思い出します。
大好きな幸せな感じって、大切ですね。
いつも有り難うございます。むすめ歌舞伎公演の内容が決まりました。近々ホームページにアップします。もうすぐ結成30年です。
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by ooca | 2011-05-21 20:22
今年も丸の内中学、【歌舞伎】の授業が始まりました。授業は正座から始まりです。昨日は、お稽古に向かう方法と、基本の、摺り足、歌舞伎の発声から。皆さん、浴衣です。授業で、直接私達の、多くの師匠先人から賜った心と体についてを、お伝えします。勧進帳を取り上げています。

厳しく楽しく。

むすめ歌舞伎公演は今年は11月です。皆さん、楽しみにお待ち下さいね。近々詳細を発表します。
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by ooca | 2011-05-20 07:59

紫陽花はこれからです。

「人類は進歩するためにある」原発へ進んだ政治家の人が、テレビで当時を振り返り話していました。当たり前ですが、今を進む者の、今を乗り越えていくことが、生きることと、皆なんとなく感じています。しかし、原発について今思うことですが、たとえ地球的規模、宇宙的規模の科学の最先端であろうが、なんだか危険なゲームに思います。昨日、むすめ歌舞伎公演の準備会議が、3時半から始まり、9時半まで。会議は、市川りきさん、宮地さん、阿部さん、成田さんのほっこりとした感じで進みました。新しいむすめ歌舞伎に向かっています。精一杯考え。今を頑張れる時です。今は今の頑張り方があると、それぞれの日常を思いながら会議が進んでいきました。進歩って一体なんだろうって考えると、気づいたら感動に出会っていたということに似ているように思いました。
本日は、私達の主宰するアイラブかぶきと、社会人の講座説明会。これからの季節は浴衣でお稽古になります。浴衣が汗で、肌着を通して背中に感じます。お稽古の汗は、言葉にするのは難しいけど、体のオクからの、あたたかなものが、外に現れそれが汗に思うと、いやな汗ではなく、嬉しいものです。お稽古場は、気を洗う、まるで洗濯機の中に入った感じです。

今日も頑張りましょう。いつも有り難うございます。
お稽古にご興味ある方は大人さんも子供さんも、追加募集しています。
皆さんをお待ちしています。
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by ooca | 2011-05-16 09:36
「思いを感じなければプロじゃないなと思いました。」東北出身の、楽天の選手の言葉。
大切に思います。
子供さんのための【アイラブかぶき】今月15日(日)説明会をいたします。お作法を茶道から、心(ココロ)と体(カラダ)の大切なことを、歌舞伎の踊りや台詞で覚えましょう〜
毎年この時期から始めるのは、昔からの言い伝えです。お稽古始めは六歳6月からと言われてきました。
小学生対象ですが小学校入学前の皆さんも、見学しながら参加出来ます。定員は10名と少人数です。
小さな頃より、日本文化を一緒に学び、大人になって日本を考えていく時に思い出してもらえるようにー。お稽古プログラムの準備をしています。大人の講座は、お三味線と歌舞伎です。詳細はホームページをご覧ください。お待ちしています。【文化の発達を忘れて、今あるかたちが、文化と判断しないように考えなくてはなりません】様々に変化した経過を知ろうとしなければー。と、たくさんの先人、先生、先輩から、導いて頂き、その事を考えながら、振り返りつつ、進まなければ、今の文化にはなりません。一生懸命にして、ちょっと胸をはっていきたいです。

いつもありがとう
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by ooca | 2011-05-13 09:55

本日、紫紅会

常磐津「山姥」藤間蘭景師。プログラム解説【山姥とは山に住む鬼女のことで、山中で自ら布を織り、児を生んで育て、それを山々の主にしたという伝説があります。これに足柄山に怪童丸という剛力無双の少年がいたといういわゆる「金太郎伝説」を結びつけて一篇の戯曲としたものが、近松門左衛門の「こもち山姥」、常磐津の「山姥」はその130年後、1848年初演。〜山に棲む「山姥」が、四季折々の風景に、当時の生活を重ね合わせて語る「山めぐり」は能楽のクセの部分が取り入れられた作品〜】 観客と蘭景師の間には、すべてを忘れて共に無の中にあるような、そんな感覚を持ちます。芸術の奥にある心、いや、それさえ忘れて入っていく、陶酔ではなく夢心地でもなく、確かに共にあるよろこびを感じられました。有り難うございました。
帰りは、むすめ歌舞伎、市川りきさんと、頂いたお菓子、フレーバーのブラウニー&チョコチップとコーヒーで名古屋まで。節電により国立劇場のロビーも落ち着いた明かりです。以前と比べれば確かに暗いのですが、私は舞台に集中できる感覚です。
今まで、明かりは、何を私達に見せるためだったのでしょう。と、考えてみたいと思いました。
いつも、始まりに向かって。
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by ooca | 2011-05-07 21:48
なくなった皆、先生、先輩が喜んでくださるように、考えるのが私達の幸せに思えます。「ある日、桃の花に誘われて、1人の漁師が、ぽっかりと時間が止まったかのような村里に迷いこみます。そこは、仙人がいるでもなければ、珍しい風景が広がっているでもなく、ただ美しい池と豊かな桑畑や竹林があり、子供から老人まで皆、犬や鶏と共にのどかに暮らす、穏やかで小さな世界でした。外の世界を知らない村人は、漁師を大いに歓迎します。やがて、帰路に着いた漁師は、再び桃源の村里を目指しますが、二度とたどり着くことはできませんでした」5世紀のはじめ中国の詩人が詠んだ詩です。
今の私たちの桃源郷を考えてみることはどうでしょうか。
明日は、蘭景先生、蘭黄先生の紫紅会です。淡島など珍しい演目の上演があります。国立劇場です。

有り難うございました。皆様のご健康をお祈りいたします。
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by ooca | 2011-05-06 21:43