市川櫻香の日記


by ooca
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<   2011年 06月 ( 13 )   > この月の画像一覧

胸をキュンとさせること

朗読も好きです。何を読んでも、歌舞伎になってしまいます。

丸の内中学のむすめ歌舞伎の授業は今年も後二限となりました。

伝統芸能の指導は教えを受ける心構えから始まります。丸の内中学でもそのことを大切に、お稽古の意味や目的も伝えています。短い期間の授業ですが、大切な人と人の関係を感じています。

昨日、びっくりしたのは、除夜の鐘はいくつ鳴らすのでしょうか?誰も百八つを知らなかったことです。なんだか、こんな胸のキュンとなる鐘を知らないのは、少し可哀想にも思いました。情緒は人の心を外側にひたひたと響かせるように思いませんか。人の心を読もうとしなくても、草や花、今なら鈴虫の鳴き声を楽しむように、自然に、互いの心が寄り合うその訪れを待つことも楽しめたらと…。百八つは、勧進帳の問答のくだりから、台詞の内容を一部質問しながら進めていく時のことです。台詞に音楽性を感じることは、舞踊の身体でたとえれば、指先です。指先のその美しさ、台詞の節の妙味は、心からわきおこった情感が元です。型とされている抑揚や基礎過程の発声は、この情感をより美しく伝えていくためにあります。若い人たちと、そんなことを話しながら、今を感じています。生徒は、瑞々しくきらきらと歌舞伎の授業を楽しんでいます。
最近、お稽古場で鈴虫を飼っています。邦楽とよく合います。高音に反応してふっと世界を広げます。
今日も頑張って。有難うございました。
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by ooca | 2011-06-30 08:20

炎えて歌舞伎

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1994年10月発行されました。『炎えて歌舞伎』撮影・纐纈晴代。この写真集は纐纈晴代さんと私を結んでいます。この本の最後のベージに纐纈さんの一文があります。『厳しい世の動きにもまれ、生活の柱をなくして、自分を振り返った時、ただ楽しんで見せていただいたお礼にお送りしていた「名古屋むすめ歌舞伎」の写真が、私にとって大切な宝になっていることに気付きました。〜 人を撮るようになって、たくさんの人と出会い、喜んでいただき、大切な時に人に助けられ、益々人が好きになれましたこと、心より感謝…』とあります。今晩、纐纈さんから久し振りのお電話をいただきました。彼女は公演の撮影をお客様のご迷惑にならない限り、舞台の間近で撮っていました。私の息を間近にしながら、シャッターはきられました。公演後、日もたたない夜、私と纐纈さんは、お稽古場で写真を見ながらおしゃべりしました。舞台のお話しは、あたたかな会話でしたね。
写真集は、見ていると息づかいが聞こえてきます。それは、ファインダーをのぞく纐纈さんであり、私は写真の中に息を弾ませ生きています。
今日の纐纈さんのお電話で、かなりショックを受けました。その一つは、彼女が、覚悟をした病の段階にあり、来月手術を受けること。そして、もう一つは、この写真集が、私にとり、必要かどうか、という質問でした。「この写真集、必要ですか?」この質問は、もちろん「勿論必要です」と答えるまでに私は、最近までの様々を考えていました。彼女との連絡は、数年ぶりでした。彼女の目的は、初めてお会いした時から変わらず、『人を幸福にすること』でした。私は、纐纈さんとお互いが幸福を分かち合えていることに気付きました。
考えてみますと、幸福とは、自分が行ったことによって、自分以外の人に、幸福と感じてもらえた時にあるようにつくづく思います。

写真集欲しい方、ご連絡ください。

いつもありがとうございました。
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by ooca | 2011-06-28 00:52
頭で考えていて、思い出せないことでも、たとえば口に出してみますと、すーっと出てくることがあります。声をだす時自然に心を伴っていくことを浄瑠璃のお稽古や、歌舞伎の台詞で教えて頂いたようです。口に出してみると、その言葉の風景や人物の気持ちが自分なりのものですが、目の前にあらわれて、今のままから、今のままではないものが見えます。面白くてためになる日本の伝統芸能歌舞伎、楽しんで頂きたいです。

昨日は、『社会人のちょっと伝統芸能』皆さんと歌舞伎の見得や飛び六方、力の入るところが生き生きと美しいかたちになることも、実演しながら学んだことをお伝えしたり、常磐津『松島』の一部素読も。
教えるという感覚より、皆さんと楽しんでいます。

いつもありがとうございます。
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by ooca | 2011-06-25 08:06

続きとむすめ歌舞伎

私達の一條大蔵卿の幕切れは、その後、布に包んだ首を抱えるかたちになりました。かたを伝えていくのは、勿論とても大切です。私達の立場で変えるなどおこがましいこと重々承知です。理解出来ない型であってもまずそのまま上演します。大切なことは、『その上で考える』ことです。でも、頭で考えたことが、見事にたいしたことないと思うとき、コツコツの日々が形になり、伝統の形になっていく時でしょう。身体に、深さも嵩も備わって、頭で考えたことなど、たいしたことないとなるらしいのです。昔の人の描いた世界に近づいていくには、心と身体が調和しあいながら充足していくことが鍵です。宇宙に向かうロケットと同じですね。
むすめ歌舞伎公演は今年、能楽堂で開催致します。能楽堂での上演風景が残っている出雲の阿国さんや、初代市川團十郎丈へ里帰りしながら、私達らしい歌舞伎の上演をめざす一歩となります。名古屋にこの市の作った能楽堂があるからこそ、出来ることなのです。定式の大道具もない、四角な舞台へ踏み入れさせて頂きます。長い年月をかけ、隅々までが揃った空間は、無なる空間ではなく、有なる空間です。そこでは、力ある身体と内なる充足が必要です。今、子供さんたちは、歌舞伎の演技の基本、歌舞伎舞踊を懸命にお稽古。新たに市川を名乗る方々は、まさに里帰りの挑戦に向かっています。いま可能性に、また一歩を、歩ませて頂いています。皆様の応援を宜しくお願いいたします。
有難うございました。
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by ooca | 2011-06-23 07:26

うちのは〜

むすめ歌舞伎の新しく市川を名乗る人たちは8月のお式のあと11月3日に皆様に御目見えの公演です。

昨晩ある人と、歌舞伎についてを電話で話したのですが、同じ方向を向いているのに『うちはこう〜』
『あれは認めない〜』『そもそも〜』って、今の政治の人たちと同じことをおっしゃられて、いつもそうですが、男性の持つ特徴なのでしょうか。女性の私としては、楽しみも厳しいこと、辛いことも、 皆さんで一緒に頑張る喜びになれば〜と思います。
若い頃体験した苦いお話しを、ちょっと書いておきます。ずっーと心にありました。公演をご覧になった方からのお手紙です。【若い女性が刀の先に首をさして振り回す姿にぞーとします。いくら伝統の歌舞伎でありましょうが、戦争体験のある我々からすれば〜】この時の演目は一條大蔵卿でした。このお手紙が私の中で今も心に残っています。このお芝居のこの幕切れについて語り合うこともなく、ただ教えて頂いた演出通り懸命に演じました。大蔵卿は、三寿也さんでした。このお手紙を頂き、私は三寿也さんにも、むすめ歌舞伎全体にも、大変申し訳なく思いました。【ちゃんと考える】ということが、何でも大切なこととして、当たり前にしてこなかった過去を、ちゃんと考えてほしい。うちの〜は、もういらないと思います。

今日も有難うございます。これから、勉強と打ち合わせに。
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by ooca | 2011-06-22 15:10
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お稽古場の近くに昨年できたお蕎麦屋さん『田島』のお蕎麦、急いでアップ。少しの間にお昼を食べなければならない時は、お蕎麦にかぎります。小雨の降るお昼下がり、浴衣で、下駄で、帰りに傘を忘れて、お蕎麦屋さんの若い衆が後を追いかけて来てくれました。『お忘れものですー』これはお芝居などにありそうですが、実際に私は二回ほど、やってしまいました。そんな時の、お蕎麦屋さんの若い衆は、走りながら恥ずかしそうな笑顔です。私も有難いのと、そこつなことを気付いて、照れ笑いで小走りします。傘の忘れ物ですが、傘以上になんだか心持ちのいいものまで頂いて、ちょっと嬉しい感じです。皆さんもそんなことありませんか。写真のお蕎麦の上のわさびは、自分でのっけました。最初わさびで食べますので〜。美味しい
鶴舞界隈の自慢は、古本屋さん、図書館、鶴舞公園、公会堂、古墳、美味しいパン屋さん、私たちのお稽古場〜たまに催しあり。
現在継続の催しは『社会人のちょっと伝統芸能』と『アイラブかぶき』です。子供さんは途中からでも参加できます。
『社会人ー』は第一回目が先週始まりました。歌舞伎の見得や型を黒御簾のお囃子やお三味線にのせて連続して実演していくお稽古が、皆さん楽しかったようです。私の役割は、お集まりの皆さんに歌舞伎をつなぐ橋渡しです。宜しくお願いいたします。

今日も有難うございます。
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by ooca | 2011-06-21 00:07

有難う

いいお話しを聞くのは皆さん好きですよね。人の噂も 聞かせてくれる人の本心一つで、有難い。自己をひっぱたく威力もある。よくいろいろなことを聞かせて頂き、歩かせて頂いたと、振り返ります。そろそろ、少しばかりは、人の心も眺めることが出来てきたように感じます。むすめ歌舞伎は、一つの継続を、透き通る気持ちになることだと、なんとなく求めていく価値観がまとまりながら更に歩んでいます。『止まったり、大回りしたりしながら、苦労なく前進するより、はるかに味わい深く』この境地を新たにお許しを頂く方達と味わいながら進んでいます。禅門には、30年が一単位、30年が一歩と聞かせて頂いたことがあります。
再来年がその30年ではありますが、この事が自慢になるならば止めたほうがよいと思っています。継続により、学ばせて頂いた嵩は大きく、大切に思っています。
今日も有難うございました。
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by ooca | 2011-06-19 21:05
『松島』の歌詞に、こんなところがあります。(カタカナはお三味線の部分です)【涼しき浦にたつ〜海女には惜しいおなご島 テツツンツンツン ともに語ろうチリンチンチンチチチチツテン、チンシャン 恋の道】海でお仕事する女の人の様子を描き、その美しさを島の名前にかけてあらわしています。以前頂いた、東北地方の銘酒[浦霞]のラベルに、浜で働く人達を描いた版画が使われていました。この地域の昔の様子が、松島の歌詞や曲と重なって、とても贅沢な心地になりました。お酒のビンに貼ってある、あのちょっとした部分からでも、きちんと伝えていこうとする構えがうかがえ、伝統の音楽と伝統の舞踊の振りと、このラベルの江戸時代でしょうか、着物の裾を潮風になびかせて、浜で働く美しい女性達の姿とが一つに重なります。
それは、最初に書いたように、とても贅沢な心地です。3Dの最新ゲーム機も入りません。沢山の伝統は、人の体、人の感覚を通し、様々に五感をふるわせることができます。
でも、それだって、ゲームに、ルールや仕様方法をマスターする努力がいるように、伝統を楽しむには、お稽古がいります。明日から、【社会人のちょっと伝統芸能】が始まります。

朝のご挨拶が遅れました。「おはようございました」今日もありがたく頑張ります。
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by ooca | 2011-06-17 07:32

團十郎先生

本日、團十郎師へ。
新しい三名が市川の名に誕生します。今日は、お許し頂くお願いに参りました。舞踊のお名取りと違い、あくまでもむすめ歌舞伎公演において、花も実もある方々として益々に精進活躍をお約束するお名前です。
九代目團十郎先生が女流の後押しをされ、日本の女優誕生に大きくかかわられた流れを、12代團十郎先生がおつなぎ下さっています。犬山市、成田山貞照寺には、かの、女優第一号といわれる川上貞奴さんが、尊敬する九代目團十郎先生の成田山信仰にならい、建立されたお堂があります。貞照寺に伺うと、信仰にも似た、芸能者の、人が人を崇めた、心が伝わってきます。伝わってきますといえば、もうひとつ、今秋、むすめ歌舞伎公演に【勧進帳】を名古屋能楽堂で、ぜひ、上演させて頂きたいと申し上げ上演のお伝えをご快諾頂きました。もちろんお稽古のこともお願い致しました。伝統の中で学ぶことは、形や台詞、振りを習うことと共に、それ以上の、大切なことを、学ぶ機会でもあります。私達がどの道をどう歩いていくかは、登山と同様もっとも大切なことでしょうから。
能【安宅】から、【勧進帳】を創造れた九代目團十郎先生を、12代目團十郎師はそのお 立場を、かたちだけではなく、大変大切にされておられます。それは、最初にかたちにされた人の、その道のりに対する、敬意だと思います。昔の人は、今の人より、人を崇めていたように思います。崇める方を見て、崇められるようになりたいという思いと、同時に、その崇めている人に深く関心を持ったものです。子供達も、崇める大人を見聞きしながら育ったように思います。崇めるとはどういうことかも、姿も心も近くにあって学べることです。ことさらに、大切にすることではなく、ひたひたと伝わることでもあります。人の関心事に修養をつんでいくところに伝統のお稽古が存在するのが良いことと思います。今年、貞奴生誕140年だそうです。
團十郎先生は、九代目の流れを話され、むすめ歌舞伎への思いも大切にされておられます。
大切に、大切にと、私共も思わせて頂き、今日も一日を終えました。有難うございました。
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by ooca | 2011-06-13 22:12

『あのとき』

今週末で震災から丸3ヶ月がたちます。『あのとき』から、ものの見方が変わりました。皆さんもきっと、そうだと思います。昨日、夏の着物を出した時、荒波の昔から見慣れた絵柄に、目がとまり、胸がしめつけられました。『あのとき』の大津波が、重なったからです。荒波の文様には、勢いを頂くこと以上に、思いを持たなかったのですが、勢いある力に、畏敬を感じるのは、本当は普通のことですよね。『あのとき』以前には、感じていませんでした。昔の人は、この文様に祈りと、畏敬を込めていたように思いました。
見方や考え方を『あのとき』を境に変えることを、普通に思います。変わらない方が、疑問な気もします。今日は、お能の梅田先生のところへ。来月早々、梅田邦久先生は、『一角仙人』を舞われます。歌舞伎『鳴神』は、こちらより題材を頂いております。むすめ歌舞伎は、市川の御名を初めてお許し頂いた、日本橋三越劇場での公演で『鳴神』を、させて頂きました。私は、絶間姫、三寿也さんが、鳴神をさせて頂きました。男性のなさるものを、懸命に追いかけていました。歌舞伎の形に、私達の身体と気持ちを、どうすり合わせていけばいいのか、まだまだ考えさえもおぼつかないときでした。 今日も、むすめ歌舞伎の新しい人たちは、秋の公演の下ごしらえに頑張っておりました。よい公演にしたいと思います。
皆さん、いつも有難うございます。どうぞ、むすめ歌舞伎を応援下さい。
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by ooca | 2011-06-07 22:07