市川櫻香の日記


by ooca
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今年もこんな感じでした

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もう昨日になってしまいました。昨日は、2時から「日本の伝統文化をつなぐ」の説明会でした。その二時間前、私の小さなお弟子さんの入門という記念日でもありました。小さな彼女のドキドキを、しっかり受けとめました。
説明会は、春日とよ兼寿美先生の小唄を聴いて頂きました。入り口の八重桜は、花びらを沢山散らして、お稽古場にいらっしゃる皆さんを迎え、木造の家屋は優しく皆さんを包んでいるように思いました。

伝統芸能というのはファジーさが面白いところですが、その根は深く、ゆるぎない点を重視出来ないと面白さも半減です。
大切に積み重ねていくことしか、そのことに近づく方法はありません。説明会を終え新幹線で私の先生、藤間蘭景先生、蘭黄先生主催の「紫弘会」へ。
根の深さについてはっきり理解が出来、体を越えていく日本舞踊を拝見させて頂きました。生涯忘れることのない舞台。有り難うございました。
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by ooca | 2012-04-29 02:00
いよいよ今週土曜伝統をつなぐの催しです。たくさん来てほしいです。(詳しくは、むすめ歌舞伎ホームページから見てね)

昨年の神戸甲南女子大学は、「相手に質問をし、個性の居場所を手助けをする」私の受け持つステージ表現の授業です。日本の伝統の歌舞伎と舞踊の型をおぼえ、短い創作舞踊を発表してもらいました。曲は、長唄「寿」で歌詞の解説や背景など伝えてありました。2名にわけて、1人が相手をプロデュースするための質問をし、相手の答えや考えることを、すべて肯定し更にプラスに引き上げていくことをルールとしました。質問される側は、自分を再認識することにもつながっていったようです。授業の空気ががらりと変わり、活性していきました。それまでの授業で、心と身体について、イメージが生み出すおもむき(趣)などの講義を実技とあわせてしていましたから、いよいよその成果に向かい、実践することになったわけです。発表は、さまざまな個性が表れていました。今年も後期から始まります。楽しみです。
昨日は、久しぶりに、のえさんと打ち合わせ。お稽古場に登場。[アイラブかぶき2期生]当時14歳。あれから10年。のえさんは、歌舞伎を伝えることをお仕事にしたいと就職活動に奮闘中の大学生。「伝統文化をつなぐ」を大学で、と計画してもらっています。彼女は、以前と比べ、輝いてたくましくなっていました。昨年から1年、タスマニアへ、日本語の指導に行き、歌舞伎の所作、アイラブで覚えた、歌舞伎体操、藤娘を披露、日本文化に触れる催しも実行したそうです。嬉しく思いました。
伝統をつなぐ、伝える仕事をしたいと思うのは大切です。どんな仕事にも自分の中にある、[自国の文化]が生かされる社会に…と思います。過去からのことすべて何もかもが関わっているのが、今ですものね。
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by ooca | 2012-04-26 10:06

今年のお稽古場の桜

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まだ蕾を残し、あふれるばかりの桜花です。散るを思うと、この静寂が、ことさら胸にせまります。
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by ooca | 2012-04-21 09:51

同じ桜でも昨年見る桜と今年見る桜がちがいます。一年の間の様々な作用を受け、成長変化する日々にあることは、桜側だけではなく、見る側もあります。
お稽古場の桜が、満開を迎えつつあります。この桜は祖母がお稽古に通われる人たち、また、孫たちに思いをはせて植樹しました。
それはもう50回目の春を迎えています。桜を見上げながら、満開を待つ「間」を楽しんできました。私と桜との「間」は、わくわくしたり、うっとりしたり、胸をあつくしたり、心配したり。積み重ねの日々の中に、桜との関係が育ってきました。その思いも、若い頃には家の桜に見向きもせず、わざわざ遠方の桜を見に行っていました。今思うと外に向かう目しかなかったのです。桜情報の載る雑誌を片手に飛び出し、手元の桜が目にはいらなかったのです。
毎年同じ時期に同じように咲く桜ですが、この同じことをしていく桜、ここにも、型の文化があります。桜とおりなす中に、「間」や「型」を想像してみます。思いを持ちながら見ていくと、心が桜に寄り添います。実は、もう1人の自分とのコミュニケーションをしていることに気づきます。
人に言いたくても言えないこと、伝えきれないことがあります。それは成長しているから、伝えていくなかにまた新たに感じていくこともあり言葉にするとたんにまた成長して。生き続けていく中で根をつけ枝を伸ばし、「姿」となって伝えていくことになるのでしょう。しっかりした根が「私」全体を支えていく時に「姿」となっているよう願います。夜の雨、小雨でありますように。
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by ooca | 2012-04-20 10:09
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今朝の新聞、中日の名古屋市民版に、募集案内が載りました。邦楽師匠の母も、はりきってます。83歳の母は、芸歴67年です。4月28日の体験の催しで、皆さんに小唄を聞いてもらいます。
今日の中日新聞に、映画監督の園子温さんの記事、納得して読みました。以前にも、同じことを納得しました。かれこれ20年近く前、團十郎先生に言われました。なんだか必要なメッセージに違いありません、お告げのように必要な時期に、この言葉にめぐりあいます。わかっているけど、浅く広くを求められているような感覚に向かってしまいます。「心の底から愛してくれる観客や読者が1人でもいれば…」
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by ooca | 2012-04-19 11:00

身体イメージ

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日本人の身体イメージは、スッとしてキリリ。キラキラとガラスのコップがお日様にあたり光っている感じに思います。
本当は皆そうなのに、疲れていたり、悲しみにしずんだりしてます。遠くを感じること、と、毎日の日常をこなすことは、いつも隣り合わせ。キラキラのキリリとなった自分、「本当に優しい人なのね」って思うと、元気に明日もいられます。
キラキラのスッとしてキリリです。
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by ooca | 2012-04-16 20:33

60年の事業報告

むすめかぶきは、30年目となります。邦楽の低迷期に、皆様に邦楽や和文化にご興味頂くきっかけにと「歌舞伎」の教室を開講したことが始まりです。むすめかぶき以前、今から60年近く前、日本の伝統芸能の衰退を危惧した、祖母や名古屋の学者、知識人らの思いにより中部邦楽綜合教室が開校され、常磐津、長唄、義太夫、小唄、箏曲、仕舞、舞踊、鳴物、茶道、華道の教授所として延べ2000人以上の生徒さん達が、お稽古に通われていました。お稽古場所は、鶴舞公園のバス停前、今の場所より表通りにありました。
開校された時期、名古屋市公会堂は、未だ米軍のダンス場として使われていた時代のことです。年に1度の発表会には、年次毎に修了書をお出ししていました。学校様式にしていましたので、様々な邦楽にふれる場となっていました。小さなお稽古室がいくつかあり、私は子供でしたので、どこのお稽古場にも、神妙に出入りを
していました。お月謝ではなくチケット制でした。盛んな時期を経て、邦楽発表会への観賞者も減る頃、歌舞伎の教室を経て、名古屋むすめ歌舞伎の設立を致しました。当初の、公演活動は、10年目まで、先生を迎え、年に1回の歌舞伎公演を実施。邦楽教室の先生や、お稽古に通う皆様に応援頂き、当初400人弱の会館から、10年目には1000人強の市民会館での記念公演ができるようになりました。東京国立劇場へお招き頂き「むすめ歌舞伎公演」も実現しました。11年目より、むすめ歌舞伎らしい公演を企画することとなり、半通し狂言といった形式で、名作古典歌舞伎の上演を致しました。20年目に入り、オランダ、ベルギー公演のご依頼を頂き、総勢33名役者、演奏家すべて女性で、歌舞伎座通りの「鏡獅子」の上演が、オランダ側の芸術監督サイドからの要請でした。世界的な日本の企業からと、邦楽教室での設立からご支援を頂いている方々より、御協賛の資金を頂き海外公演を致しました。また、歌舞伎の始祖、出雲の阿国生誕400年記念に、出雲での公演の招聘を受け出雲、大社町の子供達30名を指導し阿国生誕地で共演。この以前より、歌舞伎の<黒御簾音楽>を学ぶ機会を設け、歌舞伎ワークショップを計画運営、各地域で実演を交えたお話しの講座を開催。また、名古屋市の要請により、名古屋のメイン広場を会場に、市民30名全員歌舞伎の主役「SiSiSi kabuki」を構成指導にあたり、3000人の観客動員を致しました。歌舞伎、茶道を学ぶ<アイラブカブキ>も開始し、三味線も加わわり継続。歌舞伎公演の基礎となる、舞踊、邦楽を充実させていきました。公演内容は、時期や時代、出演者の条件に合わせて、日本の伝統の美しさを学ぶことを本領に進んでいきました。「試みの会」では、出演者、お客様と共に考えを求めた<中島敦の悟浄出世>、中部邦楽教室の開校当時より掲げられた「」の文字に意味する<きびしく鍛える>ことを目的に「の会」も開催、身体表現の基本の舞踊を中心に学ぶ機会としました。歌舞伎の先輩芸能「能」から学び、芸能の工夫における歴史を学ぶことは、継続の中に時代性を伴うこととなりました。公演活動の場が、お稽古舞台、また、能楽堂での公演も継続の中の賜であろうと思います。しかし、近代の劇場での上演を望んでいないわけではなく、通常の劇場での上演を臨む思いは一層深めています。現在、子供達や多くの方々に、趣味、志向とするお稽古毎の伝統芸能ではなく、楽しく学ぶところから深めていく日本の伝統となれますよう、日々努めていきたいと思います。祖母達の思いを受け継ぐことができますでしょうか、市内の中学で選択授業「歌舞伎」を受け持ち10年以上経過しました。こういった教育現場での授業が増えていきますよう願っています。これまで進んでこられましたことは、多くの先生方皆様そして、支え合いながら共に歩んだ友、お弟子達後輩のお陰でありますことは、言うに及ばず心より感謝致しております。頑張って振り返ってみましたら、あっという間に時間が立ってしまいました。楽しく有り難く思いながら・・・ありがとうございました。
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by ooca | 2012-04-13 21:57
私の住む名古屋の鶴舞には、古本屋さんが何軒もあります。時折、覗くと、自分の頭の中にふつふつとしている、ことがらを代弁するような本に出会います。1995年発行の「名人は危うきに遊ぶ」著者は白州正子。この本をめくるとすぐに、以下の随筆に迎えられました。
その見出しは<日本の伝統>です。【一つの国には、それを造り上げてきた長い歴史と文化があり、一朝一夕で変わるものではなく、また変えられるものでもない。そのくらいは自明のことだったと思うが、絢爛豪華な外国文明に眩惑された明治政府の役人は、いとも簡単に外国のものはいい、日本のものはダメだ、と短絡的にきめてしまい、ことに学校教育の面では全部が全部西欧風になり、今でもそれはつづいている。ある一面でそれは正しくないこともなかったが、抽象的な科学や技術は別として、情操教育に関しては取り返しのつかぬものが山ほどある。たとえば小学一年生にオタマジャクシは読めても、日本の芸術一般が大切にしている「間」というものの微妙なニュアンスはつかめない。間をとるなんてことは易しいことなので、一年生にでもできるが、私がいいたいのはそんな機会的なことではない。間という曰く言いがたい空白の時間の中に、言葉では表現しにくい多くのことがかくされているからだ。「月やあらぬ春や昔の春ならぬ わが身ひとつはもとの身にして」在原業平が、梅が咲い
ている頃に、二条の后と恋を語ったその思い出を歌ったものである。そんなにいい歌ではなく、何となくわかったようなわからぬようなところがあるが、それでも私は大変好きなのである。「月やあらぬ」でひと息つき、「春や昔の」と、ためらいがちに「春ならぬ」といってしまった後は、ため息を吐くように「わが身ひとつはもとの身にして」というところへおさまる。
月も春の花もすべて去年とは変わってしまったのに、業平だけが変わらずここにいる。おぼろ月夜のさだかならぬ光の中で、彼の心はその孤独な寂しさを浮き立たせているかのようで、やがてその姿も暁の靄の中にとけこんで消え消えとなっていく。折口信夫は、日本の歌の美しさをそういうはかなさに見た。たとえば氷をにぎっていると、指の間からみるみるとけてなくなってしまう。後に何も残さないその清新でさわやかな感じにたとえたが、それは音楽にしても舞踊にしても同じことなのだ。別な言葉でいえば、歌を詠んでいる。または、舞を待っている、その間が生きていることなのであって、済めば消えてしまっていいのである。業平が生まれた平安初期は、中国一辺倒の時代で、何事も中国の模倣をしなければ夜も日も明けぬ有様であった。万葉集は忘れられ、公文書は元より、ふつうの交際でも漢詩を作らなければ一人前に扱われなかった。やまと歌は生活の片隅に押しやられ、わずかに私的な恋歌の中で細々と生命を保っていたにすぎない。〜(省略)現代の日本は、平安初期の風潮に大変
よく似ていると私は思っている。外部の嵐にもまれることは、一概に悪いとはいえない。〜いいと思っていることが悪くなったり、その反対もある。わりきれるものなんかこの世界には一つもなく、すべてはファジーなのだ。〜】
あとふたつ、この本の中に書かれた伝統芸能の随筆の一文を書き足しておきます。【「型」を守る伝統芸能は、みな同じことをするのだから、そんな違いがあることを不思議に思われるかも知れない。が、話は逆で、きまった型があればこそそこに個性の相違が表れるのである。たとえば近頃のように、「個性の尊重」とかいって、一年生から自由にさせておいては、永久に個性をのばすことはできまい。人間として知っておくべき基本の生きかたを身につけた上で、個性は造られるのであって、野生と自由が異なるように、生まれつきの素質と個性は違うのだ。個性は、自分自身が見出だして、育てるものといっても間違ってはいないと思う。】
【「人間は自由によって何一つしていない」とロダンはいった。また「鳩が空を飛べるのは、空気の抵抗のせいだ」とはたしかカントの言葉である。見掛け倒しの自由の中に道を見失った現代人は、もう一度そこへ還って、ほんとうの自由とは何であるか、見直してみるべきだと思う。】
科学技術の発展の中に生きていくことは、今を考えていくことですが、伝統をつなぐということは、そのこととは別にあることなのです。
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by ooca | 2012-04-11 16:24

公演を終え

「終わってから始まること」ばかりです。まわりの皆さまのおかげで、能楽堂に沢山のお客様がいらしてくださいました。有り難うございました。
会場は名古屋城正門前、お掘の櫻も、咲き初めでした。少し寒い中に、開いた櫻の花です。この櫻は冷えた色合いですが、すっきりとして、その感覚は、瑠璃や水晶の持つ、清浄といったしまった感じの櫻の開花でした。公演が終わってから気づいた、昨日の櫻の印象です。遠くて深い櫻を、心に止めておくことにします。
久しぶりにゆっくりやすみます。
おやすみなさい。
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by ooca | 2012-04-08 22:24