市川櫻香の日記


by ooca
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<   2012年 08月 ( 11 )   > この月の画像一覧

今日「黒谷」

今日は、国立能楽堂の、「市川流リサイタル」へ。
とても、不思議に感じたことは、市川ぼたんさんに、子供の頃見た、「バンビ」や、「眠れる森の美女」といったファンタジー映画を想像したことです。よく考えてみると、私達世代の女子の感性は、こういったディズニー・アニメに育てられ、感情移入しながら、胸をときめかせてきたのです。ぼたんさんから、こんな感じを受けたことは、今日、はじめてでしたが、たぶん、以前から感じていたことと思います。能舞台という、幻想の現場が、さらに、そのあたりを、押し出したようでした。
新作「黒谷」は、心の闇が、生み出す幻想と想念、最後に、橋がかりに入る、熊谷に、小鼓の音の、【こだま】が、あの場の景色、森の中であるということを、あらためて感じさせました。それは、熊谷の体内から聞こえてくるのでしょうか、深くなっていきました。
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by ooca | 2012-08-31 21:08
今宵は、久しぶりの、お月様に思います。なんだか、お月様を見ると、声をかけてしまいます。「今日は、いいね」お月様の方も嬉しそうです。
今日は、昨日に引き続き、夕方から「義経千本桜」狐忠信の最後半の大切な台詞のお稽古となりました。『大将より賜ったる、源九郎を、我が名にして』と、子狐の台詞を引きとり、義太夫は「末世末代よばるるとも、この悲しみはなんとせん、泣きつ口説きつ、身もだえし、どっと伏して泣き叫ぶ」と、語ります。ここが、このお芝居の大切なところです。有り難くも、大将義経の名を頂き、末の世までも、語り継ぐ喜びも、親子の骨肉愛に替わるものではないと、動物の本能がそれを伝えます。私達は、日常にも、動物や花や木にも、心があり、その思いに耳をかたむけ、かたむけながら、実はそこに、自分を見ています。
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by ooca | 2012-08-30 22:13

技術は繰り返しが好き

昨日は、今秋行うむすめ歌舞伎公演の演目の一つ『義経千本桜ー四の切』に静御前をつとめる方の、お稽古で教える側の立場から、学ぶことがありました。こういったことは、珍しいことではないのですが、忘れないでおきたいと、そのつど思います。
歌舞伎の登場人物は、舞踊所作が下敷きにあります。この下敷きは、本来、その場に生きている人物の基礎身体です。ですから、ごく自然に、、ごく歌舞伎的に生かしていくことで、人物がきっぱりした大きさとなり、そこにリアルがあらわれます。
台詞もまったく同様です。歌舞伎の台詞は、浄瑠璃という、三味線との息合いで得る技術が、下敷きになっています。舞踊も浄瑠璃も、お稽古によって鍛えていきます。
歌舞伎は、人間の生きている、より強い実感に生きるものです。そのことを確かにするのは、呼吸です。この呼吸の使い方を研究すれば、歌舞伎の人物が、さまざまな喜怒哀楽を、ほとばしらせながら、いきいきと、あらわれてきます。演者は、生きている実感をより強く受け、感動を自身に自身で、与えながら歌舞伎の人物となっていくことができます。
芸能というものの、『祈り』の根元をお腹(なか)に入れていることが、歌舞伎のすべてだとあらためて思ったお稽古でした。
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by ooca | 2012-08-30 06:57

心と心をつなぐ

言葉を使い、体で表現することは、生きている私達の証に思います。そこには、息づかいがあり、感覚がものをいいます。
9月9日の歌舞伎ワークショップは、愛知県芸術劇場小ホールです。ラッキーなことに、劇場が持っている、所作舞台を借りることができたので、参加の皆さんに所作舞台のやわらかな、やさしい感触というか、感覚を足袋を通して感じてもらえます。まず、ここから、はじめていきます。歌舞伎の演技は、息の使い方にあることや、息にこめる思いのあり方も、最初にお話しした通り、生きている私達の証です。
参加の方も、見学の方も、9月9日楽しんでください。まだ、余裕があります。終わってから、皆さんとお話しも楽しみです。歌舞伎や伝統芸能について、皆さんが、思っていること聞けたら、嬉しい。
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by ooca | 2012-08-26 09:28

動いていく感情を表す

兵庫県立芸術劇場は、リハーサル室横にベランダがあり、そのベランダをこちらからソファーに座って眺めると、夜に向かって、急いでいる雲や風が見えます。
神戸での「伝統をつなぐ」真面目と夢中をつなぐと、伝統もつなげます。
昨日は、退廃美について想像の糸口を探したお話しも出来ました。

兵庫県は源平のゆかりの地です。
NHK<清盛>は今どのあたりまで進んでいるのでしょうか。気になりながら、阪急電車の駅にむかうと、「えぇ!もう、入道」頭をそった清盛がポスターになっていました。歌舞伎、「義経千本桜」渡海屋、奥座敷、大物浦の場、特に同性の官女たちの台詞は、悲しみや不安に震える中にも、凛とはりつめていく精神も伝わります。碇の綱を体に巻き付け、壮絶に果てる平知盛にも同種の力を感じます。以前、むすめ歌舞伎公演で上演させて頂きました。あの時のことを思い出します。型から力を得ていく伝統の歌舞伎の舞台は、言葉にならないものを、受けとめられます。それが、今になってわかってきました。阪神電鉄、大物(だいもつ)の駅。駅名を聞いただけでも、胸がキュンとつまります。
冷静な自分を置いてきぼりにして、何かに引き上げられていくように、過去から今にあるすべてと一つになっていくようなー。その感じ方を、なんとか、伝えようとすることも、とても大事だと思うようになりました。
今も過去も一つです。
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by ooca | 2012-08-16 18:49

小鼓のお稽古

「伝統をつなぐ」で、小鼓のお稽古をしています。
私も、小鼓を久しぶりに出してみました。鼓は、櫻の木の胴と馬の皮を調べという麻紐でかがりしめたものです。受講の皆さん、鼓を打つのははじめてです。今は、合成樹脂でできた鼓もあります。どなたでも、鳴りやすいので、はじめての方には、音色の感覚がとりやすいと思います。講師に来て頂いた望月左登貴美先生は、教え方のムードが上手な方です。講座前に、大学選択で悩む人に、母校東京芸大のことなど、お話しも。
皆さんのお稽古のあと、久しぶりに母と2人で鼓をちょっと打ってみました。15年ぶり位に打つ鼓ですが、よく鳴ります。驚きでした。<かつて>生きた桜の木や、小馬の皮、麻でできたもので、音色を出すことは、深い心地にむかう扉をみつけることもできます。打つことに集中するのですが、まずは、ゆったり<かつて>の草木、命あるものに思いをつけて。
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by ooca | 2012-08-15 12:39

愛情を育てること

音楽も演劇も舞踊も、「人間をつくる以外のところに、人間としての仕事はない」の通りです。一生懸命、本気で、考えをつきあたらせながらを、ごくしぜんに生き方にしていくことは、型から心をみつけて、それを身体中で表現する文化芸術のお稽古や、訓練から学ぶことができます。

久しぶりに、東京、ロサンゼルスを本拠にする友人が名古屋に帰ってきました、彼女は音楽プロデューサーをしています。会わなかった間の彼女の仕事は、伝統のケルト音楽を新たにプロデュースし、壮大な序曲のような、ゲーム音楽の作曲、作詞もし、たくさんの皆さんに聞いていただいているようです。
彼女とは、いつも久しぶりな再会をし、自分の作った音楽を、聞かせてくれます。
今回の再会は、15〜6年ぶり位、彼女のチャーミングな生き方が、音楽にあらわれていました。
彼女は、たくさんの挫折やたくさんの不安、たくさんのマイナスな思いに、つきあたりながら、音楽の技術と自分自身のよい境を形に、あみだしたように思います。
彼女の家族がアメリカにわたったのは、私が11歳頃、彼女は8歳です。それ以前、祖母の時代から家族ぐるみの往き来がありました。互いの母のことを心配し合う、年齢になりました。
昨日は、ついに、彼女の母の追悼ミサを迎えました。
彼女は、カトリックの教えを受ける環境で育ち、小さな頃からピアノを専攻し、私は、日本の伝統を身につける環境です。
私達の中で、認め合いたいそれぞれが、昔からあります。それが、ごくしぜんに身について、互いの生き方につながっているように思います。
母たちの素敵な関係をつないでいます。
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by ooca | 2012-08-13 10:33
ケルトにも、三つ巴の伝統紋様があると知りました。昨晩のNHK「アイルランドPart2」
三つ巴は、むすめ歌舞伎も紋としています。この紋を私どもの紋とした経緯は市川家について書かれた書物に、『瓢箪巴』が女性の紋とされていたことが記されていたので、私達の替え紋にと、團十郎先生に、ご相談に伺いましたところ、瓢箪の首に、房付きの飾りを、確か歌舞伎座の楽屋でさらさらとお書き添えまでしてくださり、私どもらしい紋様にして頂きました。以来、私どもの手拭は、この紋様を染めています。
この三つ巴が、ケルトの古代装飾の紋様にあることを、みつけた番組は、松任谷由美さん、鶴岡真弓さんと訪ねる、アイルランド、女神を求めた旅でした。お二人は、三つ巴の古代装飾の意味を、巴の一つずつを男女として、その力が、どちらが従になることなく、互いに尊重し合うことに生まれる、三つ目の力として表していると想像。その考えは、ケルトの歴史を訪ねていくなかで導き出されていました。考え出していく知的経過が、また一つの旅としてあることも、アイルランドの風景が、思考の疲れを癒すように見えたことも、私には、体がスーッと軽くなり、心地よかった。
何かを生み出す、意志を持って常に次なる輝きをきらめかせていく力は、学ぶということが原動力です。
今日も、朝からお稽古と、夕方から9月9日愛知県芸術劇場小ホールでの、「歌舞伎ワークショップ」の打ち合わせを舞台スタッフと阿朱花さん、夜はりきさん、千花さんも加わります。
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by ooca | 2012-08-09 09:42
「子供たちに、三味線を弾く経験を」と、8年ほど前に、市立丸の内中学から、私の方へご依頼をいただきました。丸の内中学の当時の教頭先生を、お連れくださったのは、私の幼い頃の踊りの大先輩からの、ご推薦でした。お稽古場にいらした教頭先生が、少しお話しをされて、思い出されたように、「このお稽古場には、昔、叔父を迎えにきた覚えがあります」偶然にも、祖母のお弟子さんのご主人が、教頭先生の叔父にあたられるということで、私も、お顔から連想し、みるみるうちに、子供の時代に出会った優しいお顔を思い出しました。めぐり合わせを有り難く、音楽の授業で邦楽を取り上げてくださることへ、心より感謝致しました。
もちろん、なくなった祖母や、戦後、邦楽の普及に動かれたお弟子さん,支えてくださった方々にも御報告しました。皆さん、学校での日本の伝統文化の総合授業のことをおっしゃられ続けておられましたので、私にとっては、皆さんの思いを受け継ぐかたちとなり、嬉しい反面責任重大に思いました。

こういうことの繰り返しにより、伝統は次につながっていきます。
つないでいくのは、心と心、応援してくださった方々の心と次のつなぎ手の心。大切な心のつながりが継続されていきます。

お稽古は、楽譜やビデオではなく、師匠を、師匠として習い、真似ていきます。その生き方や精神にも、触れていきます。
人に対する愛情も謙虚さも、芸を伝える大切なすべてとなります。

時に、生徒の声は大人達より確かだと思います。生徒は先生を決められません。先生の選択方法は、人物であるべきと、今更このことに立ち戻って考えます。私どもからご推薦する先生に対して、毎年度、生徒に対する愛情真摯さを評価した上、伝統の授業をお引き受けする必要があるとつくづく感じています。
このことは、何も先生選択に関わることだけではありません。人間社会すべてのことに関わります。
いつでも、本当にこれでいいのですか?考えていくことが、「次へつなぐ」ということです。

これまで大変素晴らしい先生方に出会わせていただきました。
団十郎先生のように、輝きながら深くされていかれるのは私達のお手本です。
今日は、『伝統をつなぐ』大人の舞踊です。
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by ooca | 2012-08-05 12:02

目をさましたら

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その時わからなかったことが、やっとわかる時期となってきたようです。そのことは、いつも、これから、生きていくのに大切なことなのです。
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by ooca | 2012-08-04 20:44