市川櫻香の日記


by ooca
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

<   2012年 09月 ( 6 )   > この月の画像一覧

懐かしいと、いとおしい

f0228641_2341312.jpg

懐かしい人というのは、こちらだけでなく、懐かしさを共有する思い出を持ち、しぜんに友好な感情がわいて、ちょっとした小さなドラマのようなものも生まれます。
それには、場が必要です。そこには、懐かしい心地を育てていく、ルールが自然に生まれています。誇らしくいられる場は、サントリー文化財団の文化力にあります。地域文化賞の継続をありがたく思いました。
今日は、その恒例のサントリー地域文化賞贈呈式と懇親会でした。私達が頂いたのは、今から18年ほど前、サントリーの先の会長、佐治敬三氏の時代でした。懇親会では、佐治会長が宝塚の「すみれの花〜」を歌われて、受賞者で円陣となって「ローハイド」を歌いました。全国から集まった知らない人たちが、一度に仲間になった一瞬でした。久しぶりに、参加し、懐かしそうにお声をかけてくださる方も、様々な思いを乗り越えて、文化活動を継続されてこられた方も、今年の受賞者を暖かく見つめる輪ができていました。
第34回サントリー地域文化賞は、
富山県高岡市「伏木相撲愛好会」、山口県山口市「山口鷺流狂言保存会」山形県川西町「山形県立置賜農業高等学校」、香川県高松市「イサム・ノグチ日本財団」、愛媛県松山市「俳句甲子園実行委員会」です。
[PR]
by ooca | 2012-09-26 23:41
久しぶりにお会いした方が、それなりの年輪を重ねて、私は、この再会を誇らしく感じました。嬉しいものです。先日久しぶりの再会がありました。13年前に犬山の子供たちと上演したむすめ歌舞伎公演の、制作にあたられた市の職員の方です。伝統芸能を活性化することに、また仲間が増えた思いです。
自分のお仕事が、社会に貢献していること、そのことを大切に考えていくことが、鈍らせることなく進み、よくしていくことと感じます。厳しくても、さらに明日の力をつくっていると信じています。皆さんから沢山、力をいただいています。
11月23日のむすめ歌舞伎公演にむかい、今はひたすら当日、輝く陽が生まれますよう、ひたすら、ひたすら、地道に、懸命に。皆も、頑張っています。
[PR]
by ooca | 2012-09-24 11:24

犬山

犬山のアイラブかぶきは、お城をのぞめる武道館で行っています。犬山は、祖母も最期までお稽古に来ていた土地です。病気の中でも、タクシーに乗って犬山に着くと、治ってしまうように思っていたようで、名古屋の家の者は皆、心配をしていました。もう、名古屋に到着です。急行は速い。
[PR]
by ooca | 2012-09-22 22:04
身体表現の授業を終え、兵庫県立芸術劇場へ。この劇場は、今チケットを売り切る劇場として有名です。上演の内容も幅広く制作の一貫した姿勢がみえます。オーケストラも持ち、目に見えない劇場という箱の内側の空気が、きりりと動いています。リハーサル室やスタジオに限らず、劇場前のアプローチには、ダンスに夢中な若い人たちが夕方から集まり、しかも、ダンスのレベルの意識が高そうに感じられます。
劇場の裏から表まで、充実している感じがします。それは、かつてバックヤードの充実に驚いた、オランダナショナルバレエ団や、ネザーランドオペラの本拠地、アムステルダムのミュージックシアターを思い出します。練習や、お稽古に向かう心地が弾んで、せずにはいられない気持ちにさせる、バックヤードは何より有難いのです。質の高い制作を感じます。アムステルダムのミュージックシアターは、10年前にシアターの芸術監督から、オファーを受け出演させて頂きました。役者も演奏家も全員女性による「鏡獅子」を希望され、3年がかりで、私どもと契約が結ばれました。劇場監督の彼は、オランダから名古屋へ、また東京へと何度も足を運び、私も歌舞伎座へ一緒に観劇したり、また歌舞伎座の舞台裏へお連れしたりしました。歌舞伎座は、かなり通われているようで、周辺にも、地下鉄の路線にも、詳しく、言葉はわからないのですが、歌舞伎へのこだわりや、芸術への思いに、暖かなものを感じました。それは、歌舞伎座に向かう彼の体が、軽くて紳士で、うきうきと、こちらに伝わって
くるのです。人間、10年も立つと、上演自体のことより、その機会を作ってくださった、キーマンへ、熱い想像と感謝を寄せます。まだまだの技術の、あの「鏡獅子」をよくオランダへおよびくださいました。今、ぎりぎりの体力のところで、「鏡獅子」に 再度挑戦せずにはいられません。
明日は、オランダの劇場監督に、あの時の感謝と、この挑戦をお手紙にしてお伝えしよう。
[PR]
by ooca | 2012-09-21 23:48

歌舞伎の表現

歌舞伎のストーリーは、唄や語りにより進みますが、それは単に想像の中に入っていくための手がかりにすぎません。舞台上の動きは、歌舞伎の音や、演者の息づかいを空間に広げて、その実在を目に見せることで、美しい緊迫を継続させていきます。役者側についていえば、物語にそった感情移入や心理描写が、いかに小さな行為であるかを知る時、いきつくところは「無」になるという、世阿弥のいうところは向かっていきます。
唄や語り、演奏の音や拍子、リズム、息、この空間のあらゆる音を身体で、感じ取り素直に純粋にそして微妙なバランスで、自然に受け止め、生命の闊達することにつないでいくのが達人なのでしょう。謀(はか)らない心の美しさを求めているようでもあります。もちろん、ここまでの過程に、強いお稽古の日常があるわけです。「歌舞伎の表現」、歌舞伎の日常以上の、大きな表現方法を学ぶうちに、「人のさまざまを感じることが面白くなってくる」あたりが、自身を育て、人を育てることとなるのでしょう、芸術がなくてはならない大きな役割を感じます。
先日の歌舞伎ワークショップへは、沢山の方にご参加頂くことができました。有難うございました。次回もぜひご参加お待ちしています。
[PR]
by ooca | 2012-09-14 07:54

じねんこじ

昨日は、歌舞伎の音について、三味線をとりあげ、身体から発する、人間の思惑の表現方法を皆さんと考え、実際に身体と三味線の結びつきを実演しました。音を単純に出すことをしながら、芸の技術は、あくまでも、人間の内面から発するものです。
芸術家の人としてのありかたを、作品と切り離して考えようとする傾きがありました。
しかし、芸のありかたと人のありかたとを分離することは、人そのものに無関心となることを意味しました。発展するために失うものが大きいと知った現実社会から、考えると、よくわかります。科学の発達を求めるために、科学する人の考えやありかたに無関心でありすぎたことは、私達の生活のありかたに及んでいます。日本の伝統芸は過去の遺物ではありません。むしろこれからの、人間の生活や、ありかたに大きく深い示唆をあたえるものだと思いながら、1日を終えました。夜、犬山からの友人と、能「自然居士」のお話しなどしながら季節はずれのお鍋を。
[PR]
by ooca | 2012-09-05 10:25