市川櫻香の日記


by ooca
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<   2014年 05月 ( 8 )   > この月の画像一覧

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私がおもうに、人間の表情に心の中を見ることは難しく、刻々変わる表情はたよりないものです。先日、渡邊肇さんの写真展[人間浄瑠璃]で見る文楽の方々の表情は、刻々変わる表情をしのいだその奥の命を感じるものでした。体全部で、すべてであり、その体全体こそ、その場の空気を作り、そして、二度と同じ時のないことを写真が物語っていました。人間以外のその場の様々な、ことやものにも、心のつけ方によれば、人間の喜怒哀楽の内側に寄り添うもの、そして、時の中でいっそう深くなって体の中に生きているような気がします。


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by ooca | 2014-05-30 10:26 | 櫻香のつぶやき

始まります。

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今朝の朝食、小豆と栗のおこわ。
本日は、20年目を迎えました、市内の学校の特別授業、[歌舞伎]です。
授業内容を助手の皆さんと検討し、今期は、義経の変遷と弁慶の表現を中心に指導することになりました。
授業始まりは、20年前から変わらず、今年も歌舞伎体操からです。学生の皆さんと大切な時間をつくれますよう。
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by ooca | 2014-05-28 09:51 | 櫻香のつぶやき

魔除け

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学業成就の鍾馗様、お稽古場の玄関でお出迎えしてます。
この絵は、杉戸清画伯、90歳の時に描かれたものです。
杉戸清氏は、昭和の時代の名古屋市長さんです。俳句も絵も、邦楽も、兎に角お上手でした。最晩年を豊かに楽しく過ごされておられました。
むすめ歌舞伎を結成する時も、それから亡くなられるまでよくお稽古場にいらして、お稽古をしている私達を見にいらしてくださいました。
私には、ほめて育てるのが一番効果があると考えられたのでしょうか、真剣な眼差しで褒めて頂きました。今もその目を覚えています。ちょうどこの鍾馗様のお目、このお目のようで、そっくりなんです。
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by ooca | 2014-05-22 21:59 | 櫻香のつぶやき

檜の椅子

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木の薫りの中で、皆さん笑顔~というのも、古くからお稽古場の倉庫に."なすすべもなく"置かれていました檜が、やっと、活躍の所在を得ることができ、皆さんと喜んで感触を確かめています。お尻に優しいぬくもりを感じました。
木も喜んでいます、きっと。
これから、皆さんと一緒!
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by ooca | 2014-05-22 11:05 | 櫻香のつぶやき
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今朝、久し振りの方から、とても良い
お話しを聞かせて頂きました。
伝統芸能の方々を写真に残される
写真家の女性です。團十郎先生のお
舞台のお姿も長く撮られています。
電話でのお話しでしたが、変わってい
ことと、残さねばならないことの
ざまに立っているーと考える会話
となりました。

伝統芸能が今後なくなってしまう
のでしょうか。
芸を語れない時代になっていること、
変わっていくものとなるのでしょうね。
そして、話の終盤に、面倒なことと思わ
ず、丁寧に考えて、丁寧に伝えること
しかないのです。と。
そこには、そう、価値観や基準、その
元になる道徳観をしめす物差しが生ま
れていたように思います。
ちょっと、思い出していくことになっ
ていきました。

お話は、少し前の歌舞伎舞台稽古の様子
をうかがうことに向かいました。
藤間藤子先生が、ある役者さんの指導
をされる時に 「旦那様」と呼ばれ
「御御足は」と御指導されていらした
ことを、藤子先生の(不思議にあたり
しずめる空気が流れる)口調で。
藤子先生が、お稽古にみえただけで空気
は一変し、振りや小道具様々御指導され
その間、回りの役者さんも裏方さんも
れは大変緊張した空気だったこと。

写真家であり、伝統の形を見つめる
一個人として立ち会った貴重なその
を、空気と共に、私も感じさせて
頂くことが出来ました。

今朝のこういったお話は、忘れそう
なモノサシを、あらためて取り出し
たような、ありがたいことでした。

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by ooca | 2014-05-14 18:38
歌舞伎は、音楽に身をのせ、時には
役者や演奏家の切々とした語りに
涙を浮かべ、ドロドロ、ドロン、ドロン
の大太鼓にワクワクし、役者の持つ
すべてを舞台の花として楽しむことが
できる芸能です。
少し前に起こった有名な出来事を舞台
にしたものや、江戸の庶民の心情を
泣いたり笑ったり
言葉の意味や、背景にある当時の文学
作品、風習や道徳観を理解すれば
別に難しいものではないことが
わかっていただけるものなのです。
御園座、10月顔見世が決まりました。
私共も、顔見世の演目に合わせて
歌舞伎講座を始めます。
只今、準備を致しております。
是非どうぞ!
6月からの予定ですが、日程近々
お知らせします。
ご予約、受付始めています。
メールは
mkabuki@docomo.ne.jp
Faxは、052ー323ー4575
musumekabukiまで

今日のブログのタイトル
世阿弥の名言
花ー「花とは別にはなきものなり」
つまり、特別の何かが花なのではなく
観客と舞台との関係で生まれるもの
ですーという考えです。
今回の講座は、この花を生む為に
皆さまと「御園座顔見世大歌舞伎」
観劇の準備の講座となります
場所は、鶴舞駅徒歩5分
中部邦楽教室です。
お会いできますね。



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by ooca | 2014-05-13 08:12

おやす、ほす、しめる

「ニュウ消し」段々かすめて
いつともなしに消える。
照明さんにも、「ニューっと
あかりを落として」と、使っ
ています。
「かすめる」これは、霞める?
幽める?…薄くする、弱くする。
人ならば(笑)、目立たないよう
に存在にする(笑)。
「しめる」ゆっくり引き締める
粘るーとは違います
空間用語ならば、落ちついた
緊張の空気、静寂な空間。

舞台の演奏用語ですが、あらた
めて考えてみますと、身体感覚
から生まれていることがわかり
ますね。

「おやす-起す」という言い方も
三味線やお囃子の演奏の指示に
使われています。
起すとかいて、おやすと言います。
確かに気分を起こす感覚です
音の調子を強くして、高めにする
ときに使います。

歌舞伎の音楽の人達が、芝居の情景
を作り上げていく為の用語です。
この用語からも、感じとる感覚的な
表現ですから、ある意味日常的で、
なとなく覚えてしまいました。

若い頃は、表現の方法の一つとして
何にでも使っていました。

「ほすー乾す」っていうのも、中断。
人間模様と演奏用語、言葉にも、記号
にもならない感覚的なものです。
人と人が、同じ見識であること、よく
言われる同じ学校で基本を同じにした
が、更に、阿吽の感覚を鍛える中で
使います。のりをアップするような
用語です。
本日、名古屋ボストン美術館、
馬場駿吉館長と、11日のお話しの為の
打ち合わせをさせて頂きました。
元、耳鼻咽喉科の先生です。
先生の仰るには、耳というのは、身体
全体で聞き分けていくそうです。
非常に感覚的に集中し、判断をする
そうです。演奏者や表現者が、西洋の
指揮者と同じように、身体表現と一つ
になっいます。
言葉には、エネルギーを感じます。
耳や目や鼻の感覚器官のお話も、馬場
先生ならでは、たっぷりお時間を頂い
てしまいました。
11日、4時から、新しい創造の時間に
なりそうです。


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by ooca | 2014-05-08 22:03

裏から見てるのです

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この入り口の小路は、道でありお庭です。本日初めての方に剪定お願いをいたしました。朝から夕方まで、雨の中、枝や新芽を見ながら全体をふわりとやさしく剪定していただきました。剪定後、ふと感じました。このお庭のお顔は、玄関門の正面で、此方からは裏、この目線で、お庭と一体感を感じることができるわけです。この石、あの石、思い出の、草木と、私も恵みの雨を受けています。
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by ooca | 2014-05-05 17:37 | 櫻香のつぶやき