市川櫻香の日記


by ooca
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楽しそう!

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by ooca | 2014-09-29 17:18 | 未分類
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中リハーサル室1時から、古典の日を、私達なりに考えました。「芭蕉と映像で綴る、歌舞伎」

お稽古を終えて、写真録り中です。
おもしろい内容になり、掘り下げて、深く高くなりました。
お客様と一緒に楽しめることを大切にしたいと、様々な先生方に御協力頂き劇場とはまた別感覚の上演となりました。
皆様のお出掛けをお待ちしております。
近々、ホームページにてご案内致します!






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by ooca | 2014-09-26 20:47 | 未分類
使い捨ての日常を考える機会です。
野村萬さんのインタビュー記事読んでみてほしい。
キーワードは、伝統と野村萬氏とインタビュー
で検索してみてください。

昨日は、久しく会わなかった方々と愛知県芸術劇場、コンサート。二次会までお邪魔させて頂きました。
二次会では、信子妃殿下の素敵なお話しもうかがいました。かつて、自己を語ることは、たしなみのない事という風潮がありました。それは、若い方への教訓であったり、また、様々な立場にあり自由ではない方、独立した考えを持たない方、内省的な心を持たない方の砦のようでもありました。語らない事でかえって興味を引く人物にもなり得ると、つまらない事を言う人まであらわれます。私は、自分の考えている事を発表する人に、独立した強い意思を感じます。自由に考え、自分で納得する人に、その人の知的な生活を想像します。知的とは、内に考える時間を大切にする人の事に思います。
信子妃殿下の皆様へのお話から、妃殿下が大変受動的な知的な女性であると思いました。

喜多郎さん他、皆様の、あたたかなお気持ちも感じられる素敵なコンサートと二次会でした。

私は交際を楽しむ年齢になりました。
久し振りにお会いした方の新鮮な会話に、お会いしていなかった間の、その方の過ごされた時間を想像しました。

穏やかな笑顔と、活発な会話は、何よりのご馳走ですね。











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by ooca | 2014-09-26 14:16

オススメ

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今年は、芭蕉没後320年、生前みずから一冊の句集も編むことをしなかったので、元禄七年に芭蕉が没した直後から門人たちの手によって、芭蕉の発句を集成、これに注釈を加えようとする試みは企てられた。こちらもしかり、昭和49年に出されたものです。

世の人の見付ぬ花や軒の栗

愚にくらく蕀をつかむ蛍哉

「冬の日に芭蕉とつづる娘ども」
これは、私達の作です。
11月1日1時から、愛知県芸術文化センター中リハーサル室
禅の師家、青山俊董師と
俳人、馬場駿吉先生のお話と
私達むすめ歌舞伎の会です。
青山先生は、日本を代表する禅の師家、尼僧様です。馬場先生は、現代アートの代表的な評論家でもあります。名古屋ボストン美術館の館長さんもつとめられています。
昨年よりブッダのお話を脚本にし上演をと、青山先生からの構想が、この11月1日.形にしてみることになりました。あわせて、昔から親しまれているお芝居「壺坂霊験記」味わっていただけるようにひと工夫をしてお目にかけることになります。

《芭蕉と映像で綴る、歌舞伎》
皆様、ご予定いかがでしょうか、お待ち致しております。












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by ooca | 2014-09-23 23:53 | 未分類

掛け合い

歌舞伎所作事に、常磐津と義太夫や長唄と常磐津など、二種類、三種類の邦楽をつかう「掛け合い」による演目があります。この掛け合いは、観客の耳からお芝居を盛り上げていく効果があります。演奏家の芝居心も、掛け合いのいき合い(息、意気)にかかわります。代表格のひとつは、法界坊の大喜利所作事です。舞踊会にも上演され私は10代に、この演目の女船頭を致しました。子供の頃から大好きな演目です。大好きな点は、沢山ありますが、まずは、掛け合いの息合いにあります。常磐津と義太夫の味わいが、それぞれの山をつくっています。
その2つの息が、劇場中に闇と晴れを交互に私達に見せてくれます。隅田川の畔のあの世とこの世を感じさせてくれるのです。
今月の歌舞伎座は、この法界坊を上演中です。
拝見致しました。
ご覧になられた皆様、掛け合いによる展開の妙味はいかがでしたでしょうか。私は様々な感想を持ちました。演奏は、お芝居に大きく左右しますね。特に、立て語りの役割は全体のムードをつくるので重要です。置き浄瑠璃ののり、旨味は始まりの気分を盛り上げていくように出来ています。
始まりというのは、何でも難しいものです。

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by ooca | 2014-09-21 08:37

朱夏と白秋

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これまで、私には白秋とよぶ人生の秋がわかりませんでした。
中国の賢人は、人生の四季を色で表し、青春、朱夏、白秋、玄冬と記しています。
気になるのは、玄冬です。
様々な色を混ぜ合わせていくと限りなく黒に近づく、経験を深めていった果ての境地に玄冬の黒を想定したようです。
白秋は、寂しさではなく、夏を過ごしたあとの一時の涼しさのように思われますが、どうでしょうか。写真は、舞花さんです。朱夏かな。


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by ooca | 2014-09-19 20:19 | 未分類

後から思い出す

あとから思い出す、素晴らしい経験は、この経験が自分にどれ程の影響を与えてくれるかわからないまま過ごすものです。それは、その時すべてをその経験に集中し、何にも囚われず、夢中に過ごしたことの証明に思えます。19歳の夏、杵屋恵美子として、新派「日本橋」の黒御簾に出演させて頂きました。お孝役は、坂東玉三郎丈 、ひと月間、黒御簾の中からその一挙手一投足を見続けました。長唄の唄方の新米ではありましたが、御簾越しの玉三郎丈とのやりとりは、表現としての演奏の醍醐味を感じていたと今になって解釈できます。昨日は、〈あとから思い出す−仕事の日〉。これまでのむすめ歌舞伎の舞台や、トーク番組を編集。ひとつづつ、その時々の《今のむすめ歌舞伎》
中でも今また思う事は
櫻香の会の第一回名古屋能楽堂での「関の扉」に特別出演を御了承頂き公演宣伝のNHKの番組「さらさらサラダ」に一緒にお出になってくださいました。その時の團十郎先生のお話しは「常に考え、やらなくてはならない事が歌舞伎にはまだまだ沢山ある」「阿国の時は、レビューであった、そして男性の役者による歌舞伎が、女形をつくっていったように、女性のみの歌舞伎が男性の物真似ではなく、どう工夫していくか又、男女の歌舞伎は…」到底、朝のこの情報番組の時間では話しきれない内容でした。番組での團十郎先生のお話は、わかりやすく、この実験的な公演にご自身、目標を持って向かわれていらっしゃったことがよくわかりました。私達は、その目的にはなかなかたどりつかないのですが、目標があってやっていこうというものに対して、敏感な方々はいらっしゃると思うのです。
様々な素晴らしい経験に導いて頂きました。これまでの映像や資料をまとめながらあらためてすべてに深く感謝致しました。

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by ooca | 2014-09-18 04:09 | 未分類

朝、本棚から

松尾芭蕉という人は「ものの見えたる光、いまだきえざるうちに言ひとむべし」と言った。ものの本質というものは、ピカッと光る、その瞬間にあるという。本質は限りなく動いている。プリゴジンにいわせると、これを揺らぎと言う。
古来固定観念は嫌われてきた。「あいまい」だというのは、現代人が考えて「あいまい」であって、古代人は混沌としたものに畏怖を抱き、大切にしてきた。「もの」というやまとことばがある。ものという認識の中には混沌を許容し、「あいまい」を排除しない崇高な感情が抱かれていたのである。それこそが本質的な認識の仕方なのではないか。中西進著「これから、日本人が歩いていく道」より

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by ooca | 2014-09-14 08:27

萎れない為に

本日、三重大で行われている「舞台芸術振興のためのアートマネージメント人材育成講座」最終日。
むすめ歌舞伎、柴川さんが受講。様々な方が、受講されています。お稽古終え、制作の酒井さんと3コマ目となりますがうかがえそうです。
古くからの文化は、私たちの深層に沈んでいますが、社会との関係性と併せ持つことにより、浮上し時折に交ざりあいながら、今があると考えます。話が飛びますが、私たちには身体の記憶もあるはずですね。はるか、昔に感じた様々は、蓄積されて深くにしずみはしても、何かのタイミングで表れてくるものです。そのことを、大切にしてみたいのです。
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by ooca | 2014-09-11 11:31 | 未分類

水のように

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岩もあり、木の根もあれどさらさらと、たださらさらと水のながるる
〈 揖斐和里子さんの歌〉
先日の隅田川、仙波清彦氏の手による様々な音、たださらさら空気のようにしなやかなものでした。お写真は、沢山の貝殻による鳴らし物です。この場の空気と、使い手が一体になっているのでしょう。

隅田川の母は、子をたづねる親の心を吐露しながら、都からやってきます。
その時の、母の言葉は

「聞くやいかに、上の空なる風だにも」すると
地謡で
〈松に音するならひあり〉

ー心というものをもたない風でさえ松に訪れてきて音をたてるというのにー

しゃら、しゅら、さらさらさら、しゅら、しゃら、さらさらさら
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by ooca | 2014-09-08 20:20 | 未分類