市川櫻香の日記


by ooca
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お稽古

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「お稽古」という言葉を口にしてみてください。優しくてあたたかな心地になります。
今年最後のお稽古が続いています。皆さんの締めくくりです。
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by ooca | 2014-12-26 16:55 | 櫻香のつぶやき

師に走る日々

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お墓参り、氏神様にご挨拶し
むすめ歌舞伎応援会の淡谷さんに例年のご挨拶、あちこち大切です。青山先生から一筆持っていくようにと頂きました。心にとめて参ります。
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by ooca | 2014-12-26 13:25 | 櫻香のつぶやき

形あって無きもの

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メトロポリタン美術館所蔵の川口文左衛門の作品。
愛知県、亀崎の作家だそうです。人から人、今日もつながっていきました。
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by ooca | 2014-12-19 16:25 | 櫻香のつぶやき

くりすますに

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by ooca | 2014-12-16 17:16 | 櫻香のつぶやき

学人の心得

見逃してしまいました。
再放送19日ですね。
http://www.nhk.or.jp/professional/2014/1215/index.html
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by ooca | 2014-12-16 09:17 | 櫻香のつぶやき

何かができるとき

朝の電話により、成り行きに自分をあずけて
半田に向かっていた。義務でも私欲でもなく、たぶん
子どもの頃からの決まりごとのような感覚で身支度をし
その場、亀崎に向かった。他人に何かをやってもらうこ
とを期待するのではなく、ただ、行かねばならないと理解だけが頼りで電車に乗っていた。他力本願というのは、仏用語で自分の中の信心にあづけること、すべて宇宙の成り行きに自分をあづけることである。他人に何かをやってもらうことを期待するのではなく、必要とあれば、手をさしのべられることも、またいつの間にか、自分が人を助けることもある。そっと、さしだし合い、かばい合うことにより生まれる、ごく自然な渡しあいが日常にあるとすれば、これ程贅沢な日常はないように思う。








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by ooca | 2014-12-14 00:06

花を手折ること

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1906年(明治39年)に出版された岡倉天心著書『茶の心』に、花と人について、花への思いに満ちた人の心を読む事ができます。普段、接する花に「水を思う存分にあげられなかった・・・」と申し訳なく思う気持ちや、無惨な扱いの果てを見た時の「あっ」と思う重い心持ちのいく先をこの本から教えて頂きました。天心は、『花を切り、その手足を曲げることによって世界観を昂(たか)める新しい型を展開させることができるならば、そうしてもよいではないですか。我々は「純粋」と「簡素」に身を捧げることによって、この行為の償いをしよう。心得のある人なら誰でもお茶やお花の先生の、花の扱い方が宗教的ともいえるほど、恭しいことに気がつくはずです。手当たり次第に花を摘むのではなく、心の中で描いた花の構成に基づいて、一枝一枝を吟味し、選定していくのです。反対に必要以上に花や枝を切るのは恥でもあるのです。日本の花の生け方は西洋とは違います。西洋では花や茎が、まるで胴なしの植物のように、花瓶に雑念と投げ込まれるのです。花が満足に生けられると、茶人はそれを日本間の上座にあたる床の間に置きます。生け花の効果を損なわないように何一つそばに置きません。一枚の絵すら、生け花との取り合わせとの特別な美的な理由がない限り、許されません。それはまるで王座につく王子のように堂々とあり、茶室に入る客や弟子たちは、主人に挨拶をする前に深々と生け花に対しお辞儀をし敬意を表します。やがて花がしおれると茶人は、丁寧に川に流し、土に埋めます。』花に接する花供養でもあるのでしょう、読みながらほっとするのです。
来春のむすめ歌舞伎公演は、世阿弥作『泰山府君』を致します。花を手折る天女が霞みの衣を翻しやってきます。
天女は、欲のままに花を手にします。さて、花は・・。花への心を描くことは、自身を見つめるときと感じています。花のある空間全体に何を感じて頂くことになるのでしょうか、
春3月29日(日)30日(月)愛知県芸術劇場小ホール
〈名古屋むすめ歌舞伎公演〉
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by ooca | 2014-12-08 20:17 | 櫻香のつぶやき

思い出を

『ここよく考えてあるね』
ー清元志佐雄先生(浄瑠璃)2014年ー
8月31日隅田川のお稽古でのヒトコト

『私大丈夫かしらん』
ー田中幸子先輩(女優)2013年ー
「田中さん、何かあっても大丈夫です
心配しないで、私が何とかします」ーと、私。

お二人との最期の会話です。

おかしな話しですが、私は、このお二人にもう一度お会いできると感じています。お二人には、内側に秘められた、ある強さがありました。それは、技を肉体化して創り出した才能でした。厳しく創り出した表現に香気といったものがありました。何度も残念でならないのです。長年の習練からあらわれていくものに、お二人とも最後まで真剣に取り組まれておられました。素晴らしかった!
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by ooca | 2014-12-06 22:52
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人生の様々な出来事を面白味と理解することを〈茶ごころ〉と言います。
歌舞伎は、お家の重宝紛失を発端に展開するお芝居があります。茶道の盛んであった時代、武将達は戦の褒美に珍しい芸術品を与えられることを誇りにしました。領土や金銀を与えられるより満足したのです。
間違えてはいけません。虚栄ではいけないのです。芸術や文化の価値というのは、私達にどれ程語りかけてくるかということです。ですから、私達は、表現に対して鑑賞する力を洗練させていく、洗練されればされるほど、普遍であること、あらゆる不安から解放され飛翔することを学んでいくように思います。
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by ooca | 2014-12-06 09:57 | 櫻香のつぶやき

秋之果物噺

膨れっ面の蜜柑、柿もとろり、林檎に柚子、栗と数々集まりました。テーブルに並べると、「お喋りしそう」妖しげなこと。テーブルは、差詰め果物達の晴れ舞台。
林檎は若い僧侶、柿は魅惑的な女性にぴったりです。膨れっ面の蜜柑に、いがいがの栗が働きかけ、柚子は、月の笑顔で栗と蜜柑を眺めてすましています。このメンバーで、変化(へんげ)の美女はいるのでしょうか。あけびが、大口開けて赤い実を溢せば大舞台です。
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by ooca | 2014-12-05 11:47