市川櫻香の日記


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<   2017年 03月 ( 7 )   > この月の画像一覧

歌舞伎「鳴神」

お稽古場の入り口に一本の樫の木があります。
姥女樫という堅い材質の樫が堅い炭となり、その灰が他の灰より質のよい灰となり、更に転じてよき釉薬となり、そこからまた、この釉薬の旅は、素晴らしい陶器の一員となり「変化しながら生き続けていく」と聞きながら。

以前、「鳴神」上人について青山俊董御老師に「上人の最後の飛び六法をどうお考えになられますか」とおたづねしました。青山先生が「お芝居のことはわからないが」とことわられ「泥の底から這い上がる…」とおっしゃられた。

鳴神上人は神通力を使い、竜神を滝壺に封じ込める。その為雨が降らなくなり、絶間姫は上人の術を解くためにやってくる。
絶間姫の美しさに心を奪われた上人はつい秘術を明かす。
これをきっかけに、上人は
変化する。
絶間姫は、上人を泥から這い上がらせたきっかけになる。上人の、これまで高僧とされた地位はいったい何であったかのか。これまでの考え方から、次を生きる身体の活性に
絶間姫があり、次に姫の企みに怒り自身から変化につながっていく。堕落という意識は上人の一視点に過ぎない。そこには感情による動く視点があり、それによりつくられていく空間を、荒事の表現により、その空間に見えない力がわく。勢い、泥の底から這い上がることにつながった。
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by ooca | 2017-03-29 22:45 | 未分類
「むすめかぶきの今を知りたい」と、ブルガリアからの文学博士。研究分野は日本伝統芸能のガリア・ペトコヴァ先生、名古屋へ。私達が今の時代の中で息をし、お稽古と工夫をしていることを理解されたようでした。
エデイェルソン・ローレン女史を思い出します。
出会いにも、女時、男時があります。めぐり合わせを感じながらガリアさんを見送りました。
写真はお稽古場に残っていた、さやさんが、記念写真をと
ガリアさん、私、さやさんー機転の賜物です。
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by ooca | 2017-03-18 20:50 | 櫻香のつぶやき

夢中にさせる場です

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夢中のときには、足の痛みも適度に感じながら、それさえ刺激にしてお稽古をしています。むすめかぶきは、小さな頃から、様々なお稽古を体験してほしいと考えています。お茶、三味線、謡、日本舞踊、歌舞伎。お稽古場のお花も活けたりします。全部体験できます。
まず、小さなお庭を通ってお稽古場に入り、大きな声でご挨拶をして、お稽古着に着替えます。お稽古が終わると、先生とお菓子を頂く時もあります。お稽古場のお掃除もお手伝いしたりするときもあります。
お稽古場には様々な人が来ます。明日は、ブルガリア国立映画演劇芸術アカデミー客員講師のガリアさん。
むすめかぶきのお稽古場は、皆さんと伝統芸能だけではなく、もっと何かあたたかくて、大きなものと、コネクトをしていると思います。
お稽古場のコネクトって、違った思考ともつなぐことができているように思うのです。
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by ooca | 2017-03-17 23:18 | 未分類

昨日の深夜電話

「江戸の文化をそのままに、変なテクノロジーを持ってしまったため考え方が歪んでる」と電話。

町中に聞こえる人の声、昔ならばよく通る、いい声の物売り、どこかの家から聞こえる謡の声、つい足を、止めて聞いてしまう。
神戸甲南山手の駅から仕事先の大学まで細く曲がりくねった道が、なかなかきつい上り道。息をきらして歩いていたら謡の声が聞こえきて、ちょっと不思議な感覚になった。今まで息をきらして歩いていたのに、体が軽くなって愉しくなっている。
鶴舞のお稽古場でも、奥は、常磐津、小唄、長唄のお稽古をしていて、時折、人が足を止めて聞いているそうです。
邦楽の音色や唄、語りが聞こえるのは『風情ある』ことに思います。
良い言葉です。
街中での若い人の演奏も、アンプを使わないで、生で聞かせてほしいー。
それに、工事の音、あれも。
深夜の電話で友人と話す。
頑丈でなくていいとー私達。
肉体感覚、感情が肉体に支配されていることも。
体が自然に馴染む、踊りたくなるのは、良い音楽や良い作品だということ。など
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by ooca | 2017-03-16 13:32 | 未分類
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昨日は、徳川美術館の藤田六郎兵衛氏による能楽講座にお招きいただきました。

さて、今回藤田六郎兵衛さんから伝統芸能とともに生きていくことは、海と生きる、山と生きるという事と同じーと気づかせていただきました。。そこで生きる先人や先輩からお話しを聞き、教わることが、そこで生きるということなのです。
藤田六郎兵衛さんは
お笛の吹き方を教えるのではなく、本当のプロになることとはー海に生きる生き方、山に生きる生き方を教えるように、伝統芸能で生きる生き方を何気なく若い人たちに聞かせてくれました。
一管一踊という言葉も、藤田さんのネーミングです。
猩々乱をどう耕すのか、海で言えば、東北の牡蠣養殖のように考えられます。様々な自然環境の中で、地獄も天国もあり、しかし、そこで生きる。生きることを止めないということは、思考を止めないこと、それが生きていく道なのです。
私達は、同じ思いの方を増やしていきたいと思います。
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by ooca | 2017-03-14 00:32 | 未分類

日々

今月12日、能管藤田六郎兵衛氏のふかれる「猩々乱れ」を踊らせていただきます。

「波と煌めく月がたゆたゆと言葉をかわしているから、楽しんで聞いてご覧なさい」
とお笛が伝えてくれているようです。
そうです。
酒売りと猩々は、お酒を酌みかわし、心も通じ合わせます。そんな、人と、人ではない猩々、その間にある、温かなもの、それは「気」というものでしょうか。
気が合うという言葉通り
通いあえることを喜び合う、月も波も一緒にすべて一緒に。
こんな気持ちに
なりたいですね。
猩々に会えますよう
正直に素直に生きたいー。

昨晩からのお稽古
あっという間です。

催しの詳細は
下記の通りです。

お待ちしてます。

3月12日(日)午後1時半~3時
徳川美術館「能楽講座」三回
「猩々」をテーマにさまざまな角度から藤田六郎兵衛氏のお話しとともに。
三回目は、市川櫻香の日本舞踊/笛、藤田六郎兵衛
受講料/1500円
お問合わせ/
徳川美術館講座係
052-935-6668
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by ooca | 2017-03-08 02:45 | 未分類
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空間にこめられた意思のようなものに誘われ、今まだ心揺すぶられる、昨年秋のこの舞台。蝶が一匹翔んできたら完璧です。

いい夢を人に話さなければ、その夢は正夢になるのだという昔がたりがあります。
夢への興味は、現世の儚さと対になり、虚という、戯れと、実という、あわれへ、もつれ合うこの場所。

慣れ親しむ歌舞伎は、夢から始まるものがいくつもあります。
「将門」の大宅太郎光國も、「積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)」の関守実は大伴黒主も、眠りから覚めて、又は、覚めたと思う夢からことが始まるのです。
夢という扉ひとつ
夢かうつつか、塵が舞い、意志にこめられた空間が一瞬に現れたのです。
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by ooca | 2017-03-01 14:06 | 未分類