市川櫻香の日記


by ooca
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始まり

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お稽古場のつつじが咲きました。櫻のあと、花あらしをよそ目にしおやかに、始まりの幕をあけてます。
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by ooca | 2017-04-28 10:10 | 櫻香のつぶやき

国際伝統芸術研究会

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倉沢行洋先生がお書きになられた名著「芸道の哲学」。
道を修する者の心を説いた本である。本日は、倉澤先生からお声をかけて頂き、国際伝統芸術研究会で実演とお話をし最上の場に学ばせて頂いた。
帰りの新幹線で「もったいない」心地が溢れてその思いを手の中で壊れないように持ちかえることができた。
この心を姿にうつし、心から心に接近させる行き方につないでいくことを意識し繰返し深めていく「我」を想像しながら。

倉沢先生
「花を活かすといいながら、実際は殺す、なんでそんなペテンを言うのかー殺しておいて活かすという。それには根拠がなければならない」それは「矛盾の調和」という「人間と自然までの大きな背景があるテーマまで深く広く考え実践に結びつけていく」

私は、花を活けることを花が別の形で生きなおすことと考え、手折られる花を少し羨ましく感じている。
矛盾の調和は、主体が花そのものに成り移ることにより、高く深く大きな強いものが生みだされる。と
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by ooca | 2017-04-22 22:41 | 櫻香のつぶやき

皆さんの大好きな桜

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咲いております。
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by ooca | 2017-04-19 20:23 | 櫻香のつぶやき

淡いため息

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本日、知立八橋無量寿寺さんから、淡いため息を感じる椿を頂きました。
無量寿寺は、かの在原業平の詠んだ杜若の生息するお寺であることと、それ以来の東西往来の却花をひともとにした、鄙の《ふわり》の感覚が残る余韻あるお寺でした。
ここに、いくつかの伝統文化の謂れ歴史を想像する資料がありました。それは、街道の持つ、文化の流通が確かにあったことを想像できるものでした。煎茶の出来た時の愉しさや、琉球の長線という四本の弦の楽器がどのようにしてこの知立にきたのでしょう。

煎茶の由来から、想像は進み、まだ抹茶とほうじ茶以外は飲まれていない元文三年(1738)に山城国の永谷宗円が煎茶をつくり、高遊外売茶という僧侶が煎茶を広めていった。その高遊外翁は、その風雅が当時の人の人気となり、煎茶の美味しさとあわせて煎茶は繁盛したそうです。

宗円と高遊外、それまでのお茶から、新たな苦くて甘くもある薄緑色のお茶を、どのように確立していったのでしょうかー興味深く感じました。

街道という当時のパッションの残る場には、やはり何かつなぎ止められるものがあるように思います。時間や量ではない、質的な濃さに対しての感受性を、鍛えることが必要になってきています。
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by ooca | 2017-04-16 23:06 | 櫻香のつぶやき

身替座禅

海老蔵さんの身替座禅
/愛知県芸術劇場
ぼたんさんはじめ一門での公演はあたたかな空気で始まりました。12代目團十郎の心が現れていました。

海老蔵さんの出は、うかうかとして、妻の目を盗み好きな女性に会おうとする男、右京。可愛くて純真で、憎めない男の典型化された人物があり、このお芝居の元である能の花子を受け、そこに能の志向したテーマ「永遠性」を感じられました。
海老蔵さんの二度目の出、
いつもの奥方の器量におよぶくだりも、「劇的」に比重をおくことなく進み、このお芝居が、実は現代演劇としての基盤の多くを持ったものと、あらためて知ることができました。それは、時代を超えた人間のぬくもりが存在していたからです。この舞台に、普遍的な心うつ深さを感じていました。
身替座禅を見てこんな気持ちになったのは初めてでした。
松羽目狂言の、型ものの中の至高から抜け、世阿弥の残した「去来の花」という言葉を思いました。「回帰」といってもよいのでしょうか。

妻に叱られながら、夫は幸せ
を感じー。
わわしい妻と、愛しい夫の愛情劇であることをあらためて知ることができました。
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by ooca | 2017-04-05 21:54 | 櫻香のつぶやき