市川櫻香の日記


by ooca
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<   2017年 09月 ( 10 )   > この月の画像一覧

論語お稽古

奢れば則ちふそん、倹なれば則ち固し(いやし)
そのふそんならんよりは寧ろ固し(いやし)かれ

精神の基準があることは大変有り難いものです。
表現というものは、精神の現れでもありますから
見ていただくお客様の心に届けるものが、邪(よこしま)であることにならないようにと思っています。

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by ooca | 2017-09-29 22:40

びび

お能舞台に限らず伝統芸能の舞台を見るとき、役者である演者と、後見、黒子の役者とを同時に見ます。その関係は、師弟であったり、同門の先達と修行中の人という関係であったりします。私達は同じ舞台の上にそういう二人を同時に見ています。二人の役割は違い、空間の共有というようには見ません。むしろ、違う時間の流れにありながら、大きな目的に向かっていく玄妙なものです。
これは、よく考えてみると、見えないものと見えるものを同時に見ているわけです。



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by ooca | 2017-09-28 09:05

感覚のおはなし

手で書かれた手紙、しかも、普段あまり話さない人、まして、嫌われてるかもしれないと、こちらがかってに気にしていた人からいただいた。
文字もインクも、書き慣れていながら、慣れていなさそうにも見え、習った文字の形からは遠い、しかし全体にまとまって、人への優しさと、自分へのこだわりが身について、興味深い、なんだか真実味のある感覚が匂う。
感じたことを覚えていることは、特別なことと言える。見えてはいないが、暗黙知の領域に入り、楽しみとなった感覚が繰返しになると姿になる。12月10日(日)「冬の日」の準備は、当日まで密室の道行となり、その道行とは、過去から未来への人生の旅を、舞台という時空間に繰り広げる。2003年出雲での娘道成寺は、私にとりここでは言えないほどの試練と引き換えに出雲の可愛い子供達の温もりをもらった。
感覚というものは売っていないけど、求めれば手にできて、そんな遊び心はまわりの見方も、変わって見えるかもしるれない。
名古屋ボストン美術館馬場駿吉館長と松尾芭蕉、アニメーション「冬の日」、世阿弥の冷えから枯れへ、そして人の温もり、やさしの姿に発見があると。


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by ooca | 2017-09-26 20:06

月を観る

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つくりものでない、自分が出てきます。つくりものばかりの目の先を、先回りして、全力で全自分を投げ出して。
花習会を終え、次に12月10日の「冬の日」に向かいます。いつも、たくさんの方に応援していただき、安心してこの道を行かせてもらい有り難く思います。

大阪より写真家の澤尾さん、記録を録り続けてくれている本荘さん、舞台照明家杉本さん、後見にかけつけてくれた、りきさん、進行の舞花さんと阿朱花さん、それに柴川さん、和かに、橋野さん、吉山さん。
その日の夜、花習会顧問の倉澤先生からご感想を頂きました。
(メールにて)
竹取の翁の明晰で爽やかな語り、天・主のきびきびした心地よい動き、ウツロヒの、力強さを秘めつつ全体をまとめ引き締めてゆく演技力、そして他所では見られない、舞台全体に始めから終りまで漂う清潔な緊張感、そして、奏者の情熱溢れる笛の音。いずれも良かった。舞踊もすべて、きめ細やかなな稽古で身につけたのであろう繊細なな身のこなし、見事でした。 倉澤行洋
ほめられると、たくさん足りない部分が見え、また、次に
工夫をしながら、一生懸命になります、すると、シャンと何かになっていくのですー。

写真は、18日、倉澤先生にお会いしに大徳寺へ。
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by ooca | 2017-09-22 13:23 | 櫻香のつぶやき

無事

昨日、花習会を無事にすませることができました。
台風も何事なく通過し、ご来場のお客様も、無事に帰られて安心いたしました。

今日は、花習会、新作「竹取」の反省を含め、ご意見を皆さまからうかがいました。

昨日の新作「竹取」
「露なきウツロヒ」という言葉を、天のおとどが使います。ウツロヒをたしなめ、竹取の里に行くよう命じます。
かぐや姫は何故、地上に来ることになったのでしょうか。このことを、この言葉から考えて見たのです。

千利休の語ったとされる
「露なき花は見どころなし」
この「露」を、心と読ませ、かぐや姫がまだ
天上界にいたころの、こましゃくれた娘を
想像したのです。

偶然にも今日、その言葉の元、千利休
ゆかりの大徳寺に用があり参りました。

言葉からたくさんの想像をいただきました。
心より「感謝」






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by ooca | 2017-09-18 21:12

明日、新作「竹取」

台風のなか、いよいよ明日、新作「竹取」を上演します。風、雲、水、空、星屑、月、竹、笹、これらすべて輝き、いっときも休むことなく、私達と一緒に今その時を生きている。
竹取の翁を見ると、胸がジーンとしてきます。
この台風は、明日この竹取に思わぬ空気をあたえてくれるように思います。



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by ooca | 2017-09-16 22:34

ウツロヒ

天と地には境がなく、姿があるのはこの世。
形を持つのは、姿を持たない次に向かうため。
形はいわば、ざるの目に濾される砂のようで
日々に濾されていけば、いつか静かに一粒も残らず消えていく。それは、体温の温もりと、心のぬくもりが、やがてひとつになる時といってもよい。
体温は失せ、存在のぬくもりのみとなる。優しさは、ここにこそ、それは身体のない存在をあらわすそのときのために。

「おや、地球は?」「地球はそらそこさ!」
黒雲を走らせ、竹の葉すさふ、風の音にのり
竹取の里へ行くよう、天のおとどに命じられたウツロヒ。空から見る人は、我執により、沈んだものに見える。晴れやかでない月を見ているようである。
空を見上げ、言葉をかける人など、めっきり減った。悲しみや苦しみにあって、月を見上げる人も減った。
空や月を見上げたとき
たしかに温もりを感じたはず、頭をなでられたような感触に驚いたこともあった。懐かしいと優しいが入り交じって体を包む。

「竹取」の翁のうつろひ
「今は昔、竹取の翁といふもの有りけり」

上演が近づいております。
来週9月17日。
名古屋能楽堂です。







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by ooca | 2017-09-11 19:56

芸の縁

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この度の『竹取』では、姿のない役をいたします。形のないものは、風や音、気配。
形がないのでどこにも行くことができます。「空気」というような存在。いつでも、どこにでも存在することができます。小さな花のひとひらを揺らしてみることも、また、山々、川、海を包み込むこともできます。天と地に満ちていく存在です。能や歌舞伎、古典舞踊の中には、見えないものを現すものが沢山あります。これまで多くの先生に教えていただいたことを紡ぎながらお稽古をしています。
「大きく、大きくね」と、いつもご指導下さった先生を思い出しながら、「大きかった」團十郎先生を思い出しながら、9月17日の当日をむかえます。
先日の初のお稽古
新蔵さんの竹取の翁は、良心や事の道理に照らし立ち返ったあと橋がかりを歩みます、内面が恥じるという、何かゆかしい姿に変化していく見事な最後を感じました。私も
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by ooca | 2017-09-08 09:30 | 櫻香のつぶやき

初秋

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今朝のお稽古場に、枯れ葉と、夏の名残りの日差しをみつけました。
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by ooca | 2017-09-03 20:55 | 櫻香のつぶやき

おきなと竹取り

美しき人、青山俊董氏、今月17日初上演の「竹取」の台本にご感想をくださいました。
青山俊董
「人間万事塞翁が馬」の日本版というところで
しょうか人間は、金と名誉を手に入れると堕落
しがちであることへの警告。
人間の思いを捨て、限りなく天地の(草木の)声を聞き、それに随って生きよ。との教えが底辺に秘められての話と受け止めました。

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by ooca | 2017-09-01 20:04 | 櫻香のつぶやき