市川櫻香の日記


by ooca
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本日も

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昨日は、ようこそ伝統芸能開講。歌舞伎「近松」を読みました。先月から引き続き梅川忠兵衛道行の場。私が台詞を云い、皆さんが真似ます。
お芝居や伝統芸能のこと、私自身のあたりまえが、皆さんにとり、あたりまえではないこと、伝える側と伝えられる側が近づいていく関係に徐々になっていきます。とても発展的な関係に思います。
伝統芸能のお稽古は、教える側からの一方通行と思われていますが、ただ真似る、そうしながら、そこをもうひとつ越えた時間をつくっていく、質問したり、たわいない話など聞くことは、合いの手みたいで、更に広がることにつながります。

舞台空間という表現する場で、古典を読むことは、体全体と空間との結び付きが生まれやすいようです。特に思いのこもったお稽古舞台には、気持ちの良い、景色を見たときのような気分になります。

習うというのは、生徒が、先生のお手本を真似て「ひたすらなもの」になります。そして、気がついたら、実は、その習いが、自分の身体の中にはいっているのです。
学ぶ方は、自分の知りたいことを、質問しながら、自身で納得、確認。
習うと学ぶは、身体と心の関係を円滑にします。

質問を受ける側も、学ぼうとする気持が必要です。先生、生徒の問答は、両者のたのしみとなることが理想的な姿です。

本日も11時から、歌舞伎と舞踊。1時から3時まで謡曲と仕舞。見学、飛び入り参加できます。
お待ちいたしております。
ただ今、陶芸家小畑旦子さんの作品が舞台わきに展示されています。
この存在感に、場の空気も引き上げられている感じです。

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# by ooca | 2017-10-15 06:32 | 櫻香のつぶやき

無にいくこと

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本日、こんな存在感が運ばれました。
小畑旦子さんの作品です。明日この空間で
これまで培ったことや、いただいたすべてに
感謝し舞います。

実は先程、梅田邦久先生の訃報を。

沢山のことを学ばせていただきました。
芸能者の厳しいあり方をいつも感じました。

「能はこうします、そちらはそちらのやり方で」
と仰りながら、その場で舞われ、謡われ。
幾度かお稽古の様子を片隅で拝見しまた、聞かせていただいたことは貴重な時間でした。

御厚情賜り深く感謝申し上げます。
先生、誠に有難うございました。

ご冥福をお祈り申し上げます。





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# by ooca | 2017-10-12 19:34

日々

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三年前の冬、芭蕉の「冬の日」のアニメーションを岐阜の美術館で拝見ー、心に残るものでした。
ここ連日、様々な方とお会いし、心に残るものとは何であるかを確かめながら、12月10日の名古屋能楽堂の準備。
「形式こそ違え、すべてが日本の美意識そのものの現れであるという切口」にいきつき、公演タイトルは二年前に決め「冬の日」。
芭蕉翁の歌の中に潜む、清いもの純化されたもの、そして強いものへ、憧れて、しかし時間ばかりが経ってしまう。
ふと、心の中で、師である蘭景先生を追いかけている。
心に残るものとは、気高さと優しさと、何事にも真剣になって下さる、あの情ある心でしたねー先生。
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# by ooca | 2017-10-04 21:45 | 櫻香のつぶやき

論語お稽古

奢れば則ちふそん、倹なれば則ち固し(いやし)
そのふそんならんよりは寧ろ固し(いやし)かれ

精神の基準があることは大変有り難いものです。
表現というものは、精神の現れでもありますから
見ていただくお客様の心に届けるものが、邪(よこしま)であることにならないようにと思っています。

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# by ooca | 2017-09-29 22:40

びび

お能舞台に限らず伝統芸能の舞台を見るとき、役者である演者と、後見、黒子の役者とを同時に見ます。その関係は、師弟であったり、同門の先達と修行中の人という関係であったりします。私達は同じ舞台の上にそういう二人を同時に見ています。二人の役割は違い、空間の共有というようには見ません。むしろ、違う時間の流れにありながら、大きな目的に向かっていく玄妙なものです。
これは、よく考えてみると、見えないものと見えるものを同時に見ているわけです。



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# by ooca | 2017-09-28 09:05