市川櫻香の日記


by ooca
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

身替座禅

海老蔵さんの身替座禅
/愛知県芸術劇場
ぼたんさんはじめ一門での公演はあたたかな空気で始まりました。12代目團十郎の心が現れていました。

海老蔵さんの出は、うかうかとして、妻の目を盗み好きな女性に会おうとする男、右京。可愛くて純真で、憎めない男の典型化された人物があり、このお芝居の元である能の花子を受け、そこに能の志向したテーマ「永遠性」を感じられました。
海老蔵さんの二度目の出、
いつもの奥方の器量におよぶくだりも、「劇的」に比重をおくことなく進み、このお芝居が、実は現代演劇としての基盤の多くを持ったものと、あらためて知ることができました。それは、時代を超えた人間のぬくもりが存在していたからです。この舞台に、普遍的な心うつ深さを感じていました。
身替座禅を見てこんな気持ちになったのは初めてでした。
松羽目狂言の、型ものの中の至高から抜け、世阿弥の残した「去来の花」という言葉を思いました。「回帰」といってもよいのでしょうか。

妻に叱られながら、夫は幸せ
を感じー。
わわしい妻と、愛しい夫の愛情劇であることをあらためて知ることができました。
[PR]
# by ooca | 2017-04-05 21:54 | 未分類

歌舞伎「鳴神」

お稽古場の入り口に一本の樫の木があります。
姥女樫という堅い材質の樫が堅い炭となり、その灰が他の灰より質のよい灰となり、更に転じてよき釉薬となり、そこからまた、この釉薬の旅は、素晴らしい陶器の一員となり「変化しながら生き続けていく」と聞きながら。

以前、「鳴神」上人について青山俊董御老師に「上人の最後の飛び六法をどうお考えになられますか」とおたづねしました。青山先生が「お芝居のことはわからないが」とことわられ「泥の底から這い上がる…」とおっしゃられた。

鳴神上人は神通力を使い、竜神を滝壺に封じ込める。その為雨が降らなくなり、絶間姫は上人の術を解くためにやってくる。
絶間姫の美しさに心を奪われた上人はつい秘術を明かす。
これをきっかけに、上人は
変化する。
絶間姫は、上人を泥から這い上がらせたきっかけになる。上人の、これまで高僧とされた地位はいったい何であったかのか。これまでの考え方から、次を生きる身体の活性に
絶間姫があり、次に姫の企みに怒り自身から変化につながっていく。堕落という意識は上人の一視点に過ぎない。そこには感情による動く視点があり、それによりつくられていく空間を、荒事の表現により、その空間に見えない力がわく。勢い、泥の底から這い上がることにつながった。
[PR]
# by ooca | 2017-03-29 22:45 | 未分類
「むすめかぶきの今を知りたい」と、ブルガリアからの文学博士。研究分野は日本伝統芸能のガリア・ペトコヴァ先生、名古屋へ。私達が今の時代の中で息をし、お稽古と工夫をしていることを理解されたようでした。
エデイェルソン・ローレン女史を思い出します。
出会いにも、女時、男時があります。めぐり合わせを感じながらガリアさんを見送りました。
写真はお稽古場に残っていた、さやさんが、記念写真をと
ガリアさん、私、さやさんー機転の賜物です。
[PR]
# by ooca | 2017-03-18 20:50 | 櫻香のつぶやき

夢中にさせる場です

f0228641_2318212.jpg

夢中のときには、足の痛みも適度に感じながら、それさえ刺激にしてお稽古をしています。むすめかぶきは、小さな頃から、様々なお稽古を体験してほしいと考えています。お茶、三味線、謡、日本舞踊、歌舞伎。お稽古場のお花も活けたりします。全部体験できます。
まず、小さなお庭を通ってお稽古場に入り、大きな声でご挨拶をして、お稽古着に着替えます。お稽古が終わると、先生とお菓子を頂く時もあります。お稽古場のお掃除もお手伝いしたりするときもあります。
お稽古場には様々な人が来ます。明日は、ブルガリア国立映画演劇芸術アカデミー客員講師のガリアさん。
むすめかぶきのお稽古場は、皆さんと伝統芸能だけではなく、もっと何かあたたかくて、大きなものと、コネクトをしていると思います。
お稽古場のコネクトって、違った思考ともつなぐことができているように思うのです。
[PR]
# by ooca | 2017-03-17 23:18 | 未分類

昨日の深夜電話

「江戸の文化をそのままに、変なテクノロジーを持ってしまったため考え方が歪んでる」と電話。

町中に聞こえる人の声、昔ならばよく通る、いい声の物売り、どこかの家から聞こえる謡の声、つい足を、止めて聞いてしまう。
神戸甲南山手の駅から仕事先の大学まで細く曲がりくねった道が、なかなかきつい上り道。息をきらして歩いていたら謡の声が聞こえきて、ちょっと不思議な感覚になった。今まで息をきらして歩いていたのに、体が軽くなって愉しくなっている。
鶴舞のお稽古場でも、奥は、常磐津、小唄、長唄のお稽古をしていて、時折、人が足を止めて聞いているそうです。
邦楽の音色や唄、語りが聞こえるのは『風情ある』ことに思います。
良い言葉です。
街中での若い人の演奏も、アンプを使わないで、生で聞かせてほしいー。
それに、工事の音、あれも。
深夜の電話で友人と話す。
頑丈でなくていいとー私達。
肉体感覚、感情が肉体に支配されていることも。
体が自然に馴染む、踊りたくなるのは、良い音楽や良い作品だということ。など
[PR]
# by ooca | 2017-03-16 13:32 | 未分類