市川櫻香の日記


by ooca
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これからです。

日本の芸道というものは
全部具体的な生活と関係
しています。
そのことは、私共の
とても大切なことです。

一昨日は、若い人の第一回目の舞踊の会を、沢山の方々にお越し頂き終えることができました。
皆様の温かなご声援に心より感謝しながら、日々のいたらなさを反省し、こういった時にこそ、芸道の有り様に、もうひとつ向き合うことでなくてはならないことを思いました。
日本の伝統芸術はあらゆることが入ってきます。
たとえば、お茶は茶室の中だけ丁寧にあればよいのではないこと、お花も、書も、同様に日常に生かされる実用の芸術であるからこそ、そこに人生を感じとる。
私共の思うところは、つまり舞踊を通して形から心へ、その導線と気づきよる立ち居振舞い、歌舞伎の物語から美の仏法、日常が総合文化芸術であることを「道の芸術のもつ、即生活の美」へと向かうようにと思うのです。
舞台芸術が遊びの芸術と言われることのないよう、私達の人生の中の体と心の芸術化に
少しでも近づきたいと思います。
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# by ooca | 2017-05-09 09:19 | 未分類
若い人が力をつけてきました。自主発表の会を催します。
地唄による舞踊
鐘が岬
【道成寺】物
上演前に少しこの曲を
書きとめてみます。

ト、鐘、鐘のそばに女人
長唄「京鹿子娘道成寺」では息のつまる気迫、乱拍子のあと唄から語り口で始まります。
【鐘にぃ怨みは数々ござる】
体と鐘、鐘が体か、執着という姿なのでしょうか。

【初夜の鐘を撞くときは】
鐘へ耳、見上げるように一段と鐘へ意識

【諸行無常と響くなり】
執着する心に縛られ

【後夜の鐘を撞くときは】
鐘の音も、明けゆく空のように、人の心がその様に、とどまることなく移り変わっていくー。しかし、女人の中に我慢我執の心がある。

【是生滅法と響くなり】
あたりに響く鐘の音、怨みに思う。

【晨朝の響きは生滅滅為】
明け方の空を見ると生き死にを越えていく思いをもつ

【入合いは、寂滅為楽と響くなり】
夕暮れの鐘は、楽境の境地という

【聞いて驚く人も無し】
その音を聞いて誰も驚かない

【我も五障の雲晴れて、真如の月を眺め明かさん】
法華経に、女人には、五つの障があり仏身にはなれないというが、今、悟りの月を眺めてー。

古典芸能に生きるプロならば道成寺は必須と言われています。
地唄「鐘が岬」
第一回目の会に向かう若い人に勧め勤めてもらいます。

若い人に

我慢我執というものは「他をあなどること、我意をはること」茶道開山の珠光伝書『心の文』に「わろき事」とされている。
しかし、倉沢行洋先生は「芸道の哲学」でなくてはならない我慢も記されている。
それは、「がまんがしゅうがわろき事」を深く自覚し、そこに徹底、徹底したうえ、高く豊かに働き得る強き「がまん」のことを書かれておられます。「なくてもならぬ」
強い起動力、工夫の「がまん」を記されておられます。

この道を歩もうとする
若い人の第一歩です。
皆様には、どうか温かなご声援を賜りますよう、私からもお願いを致します。
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# by ooca | 2017-05-04 21:22 | 未分類

妙なる

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5月はのびやかな月です。
今朝は、いちごを煮てから自主稽古。
いちごを洗いグラニュー糖をまぶして放置。いちごは、甘心地を堪能している様子、こちらも、その様子を見ながらいちごになりかわる心地で。

いちごを、見ながら
あたえられた点化により「無心」の主体が、芸力を、もってやすやすと、安らかにはたらく時は、ある意味での無上の姿が自然と現じてくる。

しかし、いちごは生まれながらに妙なる創造物、ありがたくいただきます。
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# by ooca | 2017-05-01 09:17 | 未分類

始まり

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お稽古場のつつじが咲きました。櫻のあと、花あらしをよそ目にしおやかに、始まりの幕をあけてます。
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# by ooca | 2017-04-28 10:10 | 櫻香のつぶやき

国際伝統芸術研究会

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倉沢行洋先生がお書きになられた名著「芸道の哲学」。
道を修する者の心を説いた本である。本日は、倉澤先生からお声をかけて頂き、国際伝統芸術研究会で実演とお話をし最上の場に学ばせて頂いた。
帰りの新幹線で「もったいない」心地が溢れてその思いを手の中で壊れないように持ちかえることができた。
この心を姿にうつし、心から心に接近させる行き方につないでいくことを意識し繰返し深めていく「我」を想像しながら。

倉沢先生
「花を活かすといいながら、実際は殺す、なんでそんなペテンを言うのかー殺しておいて活かすという。それには根拠がなければならない」それは「矛盾の調和」という「人間と自然までの大きな背景があるテーマまで深く広く考え実践に結びつけていく」

私は、花を活けることを花が別の形で生きなおすことと考え、手折られる花を少し羨ましく感じている。
矛盾の調和は、主体が花そのものに成り移ることにより、高く深く大きな強いものが生みだされる。と
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# by ooca | 2017-04-22 22:41 | 未分類