市川櫻香の日記


by ooca
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新春を壽ぐ

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「のぼせ下がること」ができますように。今年の大切な言葉です。
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# by ooca | 2018-01-20 22:32 | 櫻香のつぶやき

恋と知立(ちりふ)と芸能

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知立(ちりふ)は東海道53次の39番目の宿場でございます。 この、53次の、謂れを調べますと、二千年ほど前に書かれたインドの古い書物に53人の賢者をたづねるお話があるそうです。仏教の修行段階を53段階に説いたものだそうです。
品川宿を出たときは旅のはじまりです。「発心」して旅立ちます、最後の京都は、旅の様々に心を深め高めて行き着くーといったことでしょうか。
私どもの愛知県は、中間を過ぎた39番目の地点、伊勢物語の中で、業平も和歌に詠んだように、心寂しくなる場「思えば遠くまできたものだ」と振り返る地点です。
2月25日(日)名古屋能楽堂で「文化財と古典」の「見方」を上演いたします。
人生は旅であるという見方に立っていえば、ふつうの意味での旅、しようとしまいと、すべての人は旅に生き、旅に死ぬのです。ただその生き方や死に方はそれぞれです。
そのさまざまの中で、芸道者の生き方について、皆様にもあじわいいただき「文化財と古典」の「見方」を深め、何を次に伝え残すか、何のための文化財かー。考え抜くことで芸能の真の正体が見えてきます。

日本の道の文化は何を意味するのでしょうか。
旅にはなくてはならない道、二千年前のお話にある、賢者を訪ねての旅を、この53次の宿場に見立て江戸時代に取り入れた、先人の心を、受け継ぎ伝えていきたいと考えました。
私が道について述べることは、ちょうど私の年齢が、中盤から後半になり、旅の途上を振り返り、更に歩むことへ、これまでと少し違い、何かできることがあればとした責任と、それゆえの、孤独のなかにあるからかもしれません。


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# by ooca | 2018-01-16 20:05 | 櫻香のつぶやき

がまんの続き

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がまん。ひとつめのがまんは、型や枠を行く、がまん。ふたつめのがまんは、難しいがここが大切な大事に至り。
工夫の道を行くとき、時折、たち止まり、引き返してみたり。また、いつも行く道から、ちょっと、寄り道する、その寄り道がいつもの道とセットになり大事に。
がまんの二つ目を解く鍵は、この寄り道にあります。

いつもの道から少し脇にはいり、野原をみつけ小さな花を見たり、背丈ほどある草ぼうぼうに遊ぶ道草をしたり、あたりを探検して時間を忘れ、あわてて、元の道に戻る。
無作為な道草の心は、自然に現れた姿、心がおどり、あとに、自由な主体を感じた、味わいが残る。
すべての喜びにあてはまる方程式に、がまんはあります。

写真は、二条城のお台所に立ち、道草中。
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# by ooca | 2018-01-13 09:48 | 櫻香のつぶやき

昨日、鏡開き

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よく、今ここを「我慢、我慢のしどころ」と言います。
この我慢を、間違えずとらえておかねばなりません。
二つのとらえ方があるからです。1つは、物事を学ぶ時には、文字通り、我意をはり自分に執着することを否定されなくてはなりません。このことは、自分を深め、高められていく方向での修行の我慢です。
もう1つの我慢は、自己表現における「我慢」主体的に工夫しだした姿、真にその人のものになった姿に向かう大事な我慢です。

学ぶことは、すべて真似て学びます。
はじまりの段階に、もっとも大切とされる、先行から学び、与えられたものを自分の姿にうつす、そこは、我のない姿であり我意のない姿を得る基盤の為の我慢。

「伝統の正しき尊重が、正しき創造に通ずることになるのである。がまんなくては、新風は樹立せられず、ひいて創造ということも成り立たず、茶湯はいたずらに旧き株を守るのみとなってしまうのである」倉沢行洋著【芸道の哲学】に書かれています。
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# by ooca | 2018-01-12 10:11 | 櫻香のつぶやき

はじめてのお稽古

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どきどき、わくわく、体いっぱい真似て、その様子の愛らしいこと。もうすぐ三歳さんです。
今日は、皆さんいらして、お稽古始めをいたしました。
紋付き、袴の男の子達が、きちんと座る様子は、豊かな美を見ているようでした。
彼らが、ここからどう努力をし、様々な日本の伝統美に苦労しながら、向き合い、考え、身につけていく。そのところを思うと、胸が少し熱くなります。
感動するのは、技よりも子供たちの精神、姿そのものに対してです。
虚栄のない姿は、清々しいものです。
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# by ooca | 2018-01-03 21:53 | 櫻香のつぶやき