市川櫻香の日記


by ooca
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かつて・・

私は歌舞伎への思いを、私なりに高めていました。

いろいろな方から「歌舞伎座」の思いと、歌舞伎座の全景写真がメールで届き
何か不思議な感覚にいました。
心持ちというのは面白いものです。
いつもの歌舞伎座ですが、写した人の思いと、受け取る側の思いの
一致点の先の、特別な歌舞伎座。

私は名古屋に居ながら思いを馳せていました。
歌舞伎座、かつて…あの大きな、その気配に、恐る恐る踏み入れた子供の頃。
それから、あの温もりに胸ときめかしていった頃。
かつて…の繰り返しを生きていくのですね。
「かつて… 」に感謝です。

新たな歌舞伎座が楽しみです。

有難うございました。
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# by ooca | 2010-05-01 00:23 | 櫻香のつぶやき
昨日第一回目の櫻別会。
お稽古舞台満員のお客様にお出かけ頂きました。嬉しかったです。
皆様、有難うございました。お手伝いの方々も本当に有難うございました。

安田文吉先生の芸どころ名古屋のお話も交え、場がほんわか。
先生の母君は、私の祖母と同時代を、生きた常磐津の立派な師匠です。
常磐津と清元の違いを、昔の人は着物になぞらえ 
「常磐津は木綿、清元は絹の風合い」と伝えています。
常磐津は、大時代な重みと、世話の可笑しみと、ぼってりとした色気が特徴と言えます。
目のつまったずっしりとした木綿は、味わいがあり、幅広い用途に活躍します。
私はこの木綿のたとえに共感します。
昨日の安田先生は、常磐津の風格の方だと実感致しました。

当日、皆様には、演目4番の歌詞と解説の資料を。
少人数の会なので手作りできました。
資料に、昭和27年に書かれた「ものしり辞典」を参照。
この辞典が、面白く、花魁道中の話や、石灯籠のことなど絵と一緒に載っています。
石灯籠は知ってはいますが、あらためてこの絵を見ると
北州の振りの、石灯籠を想像する箇所に気づくことができました。
こういうことは、演じる者には大切なことです。

その時代に作った俳句も添えられて面白いので、ちょっとここに〜
(外八文字についての箇所)
     八の字の道連れになる面白さ (安永)
     全盛は花の中行く長柄傘    (文政)


この資料も、家にあったものです。何やかや、昔のものをひっばり出しながら
半寿舞台の第一回が出来ました。  
この場で生まれ育った私には大切な「場」です。
   感無量でした。

女性の歌舞伎の方向性を考えることは、難しいのですが
日々、一生懸命に取り組み、この流れを大切に歩んでいくことが
「かたち」になるように思います。


 こつこつと励んでいくことかな~と。

   次回 7月18日を予定致しております。

   今日もありがとうございました。
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# by ooca | 2010-04-30 00:00 | ご報告

いよいよ〜な日です

歌舞伎座 本日、千秋楽。東京はどしゃぶりの雨だそうです。市川團十郎先生の助六の素晴らしいことを、想像しながら、明日、いよいよ第一回櫻別会の最後のお稽古に挑みます。どうか、團十郎先生が、無事に千秋楽を納められますようー。
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# by ooca | 2010-04-28 08:03 | 櫻香のつぶやき

尊いことはいい空気

 昨晩、「素晴らしい舞台を拝見できた」と、舞踊会に伺った夫の感想を聞きました。
彼は、自分のお稽古を終え、旧名古屋市民会館へ。当年、94歳の日本舞踊家の方の舞台をー。
自然に涙が出て、得も言われぬ心地を頂き、帰ってきたようです。
それは、第五十回文和会、西川里喜文会主の清元「雪月花」の舞台、助六を踊られました。
 私は拝見出来ず、残念でした。

 藤間藤子先生の晩年、国立劇場の幕が降りるのを惜しむような劇場の空気。
 中村歌右衛門丈の晩年、千秋楽の静かなるあの熱気。

 思い出します。
 
 むすめ歌舞伎の発足と今の私に、かかすことの出来ない、京都南座。
昭和57年12月26日の二代目中村鴈治郎丈の忠兵衛。
見えない糸ってありますね。ちゃんと出会っていくようになっているのでしょうか〜。

 物に感動もあるでしょうけど、やはり人に感動することは尊く思います。

  お稽古場の八重桜は、本当に頑張ってます。
  「大風厳禁!」と言いながら、桜の小道を通っています。
   

        今日もありがとうございました。
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# by ooca | 2010-04-26 00:00 | 櫻香のつぶやき
NY在住の歌舞伎の研究者、ローレンさんは、「Danjuro's Girls: Women on the Kabuki Stage 」の著者です。彼女と私は、ある時期ごとに、沢山語り合いました。NYから単身日本へ。ジャパンタイムズの記者をしていた時代、それから少し年月を経て、帰国し結婚、NY市立大学の大学院生として日本の演劇を研究され、国際交流基金の人物交流を受け、再び来日。この再会は、嬉しかった。なぜなら、私達はその時、今から8年前、オランダ、ベルギーからの招聘を受け、準備も終盤を迎えつつ、未だ不安の真っ只中だったからです。
彼女は、初めて会った時から<歌舞伎、伝統の今を海外に伝えたい><大歌舞伎のみではない、今そのままの様々な状況の歌舞伎>を伝えようとしていました。
更に、私に、NYで今、上演しているお芝居、オペラ、バレーを見ることを、とても強くすすめてくれました。
何故今日この事を書いているのでしょう〜それは、歌舞伎座、御名残4月公演の筋書、千玄室氏が歌舞伎座に寄せられた文章に 「現在、世界中で歌舞伎がもてはやされています」「これからの新しい演劇を考えてみると、どこかでうまい具合に相互理解されていくような、言葉の壁を乗り越えるような演出と創意工夫が必要となってくるのではないでしょうか〜」
ローレンの待っていたNYは、確かに古典の伝統が、様々な表現方法をとり続けていました。

歌舞伎を始め伝統の仕事に携わる人は、よく「工夫」という言葉を使います。
時代に合わせて工夫をする。また、切り替えをしていくことは、それは道を歩むことの楽しみと苦しみです。
工夫は、息をすることと同じです。大切に丁寧に、時代の中で切り替えていきながら、根底を守ることを私たちの先祖はされ今にあります。
(私の思う根底は「心の遺伝子」です・・いい言葉。NHKの新番組名にも使われていましたね)

日本の伝統は、始まりとお終いを、小さな頃より大変重く教えます。
それから、揃えることなども、言われなくても自然に従っていくことを身につけていきます。
工夫の前に、基礎を作り「心」を一つにして皆さんと工夫という段階に入ります。

歌舞伎は、主要の人物の<出とはけ>、古典邦楽では、語り出しとおしまい、その中のまた、クドキや更なる展開などの切り替え・・、息を吸って、はいて、で、一つの宇宙、また息を吸ってはいて、と連続します、始まりとおしまいの継続です。

目に華やかな工夫も、見えない工夫の連続によります。その暁が、見事なあざやかな名人となって私たちを魅了することになります。

私の6歳に入門し、基本を教えて頂いた西川鯉女師は、いつも 「えみちゃん、上手な人はね。見えない筋肉を動かしているんだよ」とおっしゃって、見えない筋肉って・・と考えていましたが、見えない筋肉は、技術だけでは、どうにもならないことと気づくのは近年です。

時代の風を吸い込んで、工夫が現れてくるのには、ずいぶん時間のかかることです。
皆さんが櫻の開花を待つように、伝統に携わる様々な人達を、楽しみに見て頂きたいと、勝手なお願いとなってしまう今日のブログでした。

お稽古場の八重桜は、雨の中、花を残してくれています。きれいです。

今から、正座の手助けとなる、合びきを試作中の皆さんのところへ向かいます。まだ、がんばっているかな~
4月29日は、私共のお稽古場が会場です。椅子のお席とお座布団でのお席の用意となりますので、お座布団のお客様の為に~と、一元屋さんの<きんつば>持って走ります。

      今日も、ありがとうございました。
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# by ooca | 2010-04-22 22:00 | 櫻香のつぶやき