市川櫻香の日記


by ooca
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語り

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# by ooca | 2018-07-09 08:12 | 櫻香のつぶやき
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人に優しい、オーガニック?な場
皆さんと、一緒に、この地域を
愉しく過ごすことを目的に
来年2月3日まで

小旅と講座と伝統芸能

正しく言えば
「尾張の遺産、殿様の写真」。

まず、第一回目は、先日の
小説家奥村景布子先生による
「尾張のお殿様ものがたり」
90分じっくりお話を聞きました。
御著書の[尾張の残葉]は、今年度
新田次郎賞をとられ、本当はとても
お忙しいはずですが
8月も、このつづきをお話し頂きます。
いよいよ
徳川慶勝公の明治維新です。

私の❬露地草庵❭◇平家物語を読む③
は7月14日(土)1時より
二代后から読み始めます
藤原多子(まさるこ)11歳の時
近衛天皇12歳の后となり
5年後に天皇が亡くなります。
二代后の章段には、言葉に出し
きれない切なさがあります。
こういった感覚に語り手は
惹きつけられます。
語り手の味わい方を、聞き手の
皆さんがどう受け止めて下さるか
場の空気がひとつになれれば
貴重な時間を共有できます。
つづく
殿下乗合、鹿谷から康頼祝言
途中、現代と実況中継しながら
平家物語の研究者
山下宏明師による
「語りは、聞き手に向けて開かれ
固定しないのが本来の姿」
の名言を忘れずに。
「語りが幽玄ともなりますよう」
は、祖母の伝授を。

皆さんもお読みいただく
箇所をつくりました。
音読の気持ち良さを
一緒に味わってもらいます。

休憩をはさみ
いよいよ、「足摺」です。
能や歌舞伎でもこの場面を
脚色し、これまで多くの人の
心をとらえてきました。
その元を読みます。

ご都合お繰り合わせて
是非、お出かけ頂ければ
有り難く思います。

写真は、奥山景布子先生
を囲んで皆さんと!
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# by ooca | 2018-07-09 08:06 | 櫻香のつぶやき

七夕

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7月7日の朝、七夕様が天から降りてくる。
「昔一人の男が、撫子の花をうえると
天人が降りるということを聞いて
庭に撫子の種を蒔いてみると、天人が
降りてきて、共に楽しくくらしていた
が、男が隠した羽衣を探しだして
それを着て天へ帰ってしまった。
その折に、もし私に会いたいと
思ったら、廏肥を千駄積んでその上に
青竹を立て、それに伝わって昇って来い
と言ったので、男はその通りにして後か
ら天へ昇って行った。天では用もない
ので、天にある畠の瓜をもぐ手伝いを
していた。天人からは、いけないと言わ
れていた、瓜を二つたべたところ
たちまち大水が出て、男と天人は別れ別れ
になってしまう」
日本中の大半に警報が出ています。
友人の安否を気遣う中、昔からの
謂れを思います。

今日から文化サポーター講座本編
始まります。奥山景布子先生による
「お殿様ものがたり」本日と8月4日
の二回お話しいただきます。

会場となります、名古屋の私どもの
あたりは雨も上がっています。
当日でも、ご参加いただけます。
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# by ooca | 2018-07-07 10:19 | 櫻香のつぶやき

日々

昨晩、狂言の方と話しました。

演技者であり続けることは、観客と同じ
時点に立つことができなければならない
のです。

世阿弥は、演技者に屈指の
名言「離見の見」
という言葉を残しました。
いろいろな解釈がなされていますが
演技者にとり、この言葉は、ただひとつ
「我心をわれにも隠す安心」
自分の意識を意識する必要がなくなるほど
深く強い境地。しかし、そのように鍛練し
ても、なお届かない胸中と言えます。

世阿弥は、将軍から大衆まで幅広い観客に
愛されて生きた芸能者です。
世阿弥は、社会に対して何らかの訴えたい
ものを芸を通して、観客と通じ合っていき
ました。
観客と演者の両者の目が成り立って
いたことを作品を通して受け止められます。

また、同時に、世阿弥は「離見」の「離」
のことを「後心に安見する時」と書いて
います。これは、見終わったあとになって
からの感銘を考えていくことを書いてい
ます。
時間を離れてからも「見」ることが
できる芸について、演技者への高い見識を
説いています。
無意識に、このような舞台が、観客と演技者
によりつくり上げられること。
それは一体どんなものなのでしょう。
花の香りのようにどこから
ともなく[匂い]出る何か、見せたとも
見たとも覚えぬほどの、その場、そのものの
深い美しさに思います。

能は幕府の式楽となって、世阿弥の
時代のような危機感を失っていきます。
江戸時代の能楽は、安泰に安住し
明治維新という
大きな社会変動に至ります。
これまでの、式楽、能、そのものすべて
が変わり、遊芸やサロンとしての道に
向かいます。
私は、生まれた環境のなかで、その時代
の延長線を感じています。

明治以降の優れた芸の持ち主は、社会と
緊張感を持って、想像の力をつけて
いきました。
芸を通して生きること、その奥深いもの
を見つめて戦っていました。

私達は、物事の移り変わりを前提にして
伝えること、それがいったい何をしめすか
言葉にすることなどできなないのですが
そのバトンを渡されていると
皆さんと感じたいのです。


生きる根元的なものを見失わないために
技術や精神、後への見識を見極めて
これら日々に感じ、その「感じる」
ことを丁寧に吟味しながら
身体を媒介させて
理解をしたいと思うのです。
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# by ooca | 2018-07-01 10:50 | 櫻香のつぶやき

明日

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明日は、吉住小三代先生の特別なお稽古日です。
私がお三味線に熱中したのは、小学校前で、子供用の
小さなお三味線を祖母から渡されたころです。
多くの先生に恵まれお稽古をつけてもらいました。
なかでも祖母のお稽古は良いお稽古でした。
それは、まだまだ子供の私に、早間に弾く手や
始まりに使う手、怪しい人が出てくる時の手
戦いの手、おかめさんの出るような神楽の手
少しでも楽しくなるよう、短かなフレーズを
まるで英会話の単語を教えるように、教えて
くれました。大きくなりお稽古は、私が生まれ
る前から名古屋にいらしていた、京都
豊後半中師のところへうかがいました。
戦前は、二代目常磐津理喜臓をなのられて
いました。河竹繁俊氏他御有識者の方々の
御後援者に恵まれ、黙阿弥作品「三人吉三」
など沢山曲をつくられていました。
なかでも人気の曲は「七代目團十郎」と
「おりん(楢山節)」でした。最晩年、私の希望を
お聞き下さり、名古屋テレピアでリサイタルを開き
東西から沢山のお客様が名古屋に集まられました。
はなやかな芸でした。お稽古の時に、いつも
「強く、強く、しっかり、生半可はいけない」と仰られていた通りのお舞台でした。

さて、明日は
小三代先生のお三味線から「芸の人」に
しかないものを皆さんと一緒に想像して
みたいと思います。
小三代先生にしかない、芸の匂ひ
楽しみです。

お写真は、昨年のお稽古風景。
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# by ooca | 2018-06-23 02:25 | 櫻香のつぶやき