市川櫻香の日記


by ooca
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2月の平家物語

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1185年2月19日義経、屋島(八島)に攻め寄る。3月24日義経、平氏と壇之浦に戦い勝ちます。この季節に船いくさが行われたことは想像を絶します。この1年前の2月7日平重衡が生け捕られます。そして1年の余命を「海道下り」に書き写された旅をしいられます。壮絶であるが美しい「平家物語」。
この季節に読むと、更にあじわい深く読むことができます。

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# by ooca | 2018-02-28 22:50 | 櫻香のつぶやき

日々

「無いこと」から「有ること」をこえて「成ること」が急速に、たちどころに出現していく《これは、日本の見方に関する松岡生剛著【連塾-方法日本-Ⅰ】》
私達の祖先は、この考え方を現す方法として、様々な表現を生みました。それが日本の優れた芸術として評価され今に受け継いがれていると私は思います。それをそこはかとなく伝え、また、その実際は、自分と向き合うことを必要とし、その上で覚悟も育つのでしょう。
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# by ooca | 2018-02-22 09:29 | 櫻香のつぶやき

祖母

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「少しでもうまくなりたいという芸の欲は今でも捨てきれませんが、立派な芸の形見を残していきたい、曲の数は多くなくていいのです。たった一曲でもいいから、ちゃんとした芸を次の人に、形見として残しておきたいのです。その人が演奏するたびに、その芸の中に、生き残っていきたいと悲願しております」
この祖母の記事を久し振りに読むこととなりました。
私は、本当に申し訳ないと思います。まったく祖母の悲願を達成させてあげられず、祖母の残したものを手繰り寄せていくしかないのです。
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# by ooca | 2018-02-16 23:39 | 櫻香のつぶやき

「隅田川」

ある日、名古屋能楽堂の舞台に立つ能役者の体の向こうを見ていました。人買い船に、子供が乗せられていく、それを見て、私はそこに見えぬ人たちの姿を感じていました。 それは、重苦しく恐ろしい風景でした。私はその時「隅田川」の狂女を演じていました。 お能の役者は渡し守を演じていました。私は彼に対して、お能にも歌舞伎の本にもない言葉を心の奥で発していました「我が子がさらわれていくのを貴方は見ていたのではないか、なぜ子供の手をとり人買いから子供を助けてくれなかったのか」  東海道を、我が子を拐(かどわ)かされた母が、狂女となってあずまの国までくだる。 「思わざりき 思い子を 人商人(ひとあきうど)に誘われて  行方はいずこ 逢坂の 関の東の国遠き 東(あづま)とかやに 下りぬと」 お能における狂女物は、さまざまな女物狂いが登場しますが、母の物狂いはその典型のひとつです。多くの母は子と再会し日常に戻ってゆくのにひきかえ、隅田川の哀れは、子供の死という絶望の現実にさらされていくことです。この哀れは、人の善意によりわが子が救いだされる願いも虚しかった母の悲しみだけではなく、善を行うことすら選ぶことが出来なかった人々の悲しみでもあります。 なぜ古典が語り継がれ、演じ続けられていているのでしょうか。人買いは、子供を何らかの形で騙し、それにより利益を得ていました。人買いの様子を「隅田川」の渡し守は、拐(かどわ)かされた子の母に語って聞かせます。土地の者達も、人買いが小さな弱り果てた、虫の息の子を、その場に捨て去る、その有り様を見ているのです。人買いの横行する時代、心ならずも 目を背けていなければならない社会。悪に対して誰も挑まない、こんな現実を本当は誰も望んではいません。亡くなった子供の塚に、朝が明けるまで念仏を唱える人々の心は、どんな気持ちであったのでしょう。狂女は、変わり果てたわが子の現実に向かう。土地の者たちは、念仏を行うことで、助けることの出来なかった子どもへ自身の罪を償っている。 歌舞伎舞踊の私が、お能の方と隅田川を上演することは、珍しい試みと言えます。 体というものは、心の駆け引きなどには応じません。考え、想像し、学ぶだけでは、魚を掬うタモのようなものです。体は正直なもので、長年かけて身についた型が、思念を払いのけ、物事の真意を、浮き上がらせていくのです。 狂女は、我が子の死に向かい、夜念仏に唱和しつつ、声の中より、我が子を幻に見る。幻の我が子を抱きしめようとすると、母の腕をかいくぐり、すり抜けていく。念仏をあげる渡し守の体の向こうに、多くの村人たちが、我が子の塚に念仏を唱えている。心の中で私は思う。この人たちは、人買いにさらわれ犠牲となった子を、幾人供養してきたのであろうか。私は、悲しみの中で、人と社会への怒りのような、当たりどころのない苦しみにさらされていきます。 絶望的な中にいて、しかし時は過ぎ、夜が明けていく。どこからか聞こえてくる、船頭が棹をさして水面に船を押し出す時の水の音が、はかない親子に寄り添ってくれるように美しい情景を見せる 「すいと塒(ねぐら)を 立つ白鷺の 残す雫か梅雨か涙か」 ただ美しい、そこに人は救われる。幻はこの母子の語らいであり、我が子を追いつつ「空ほのぼのと明けにける」
狂女は、我が子を確かに抱いたに違いない。 その街道を繰返し繰り返し行くのであろう。 物的手がかりを求めてではなく、見えつ、隠れつする中で我が子と語らい抱きながら。 お能役者の体は、確かに中世とつながっていました。お能では、狂女が舞台に現れ、渡し守が言いいます。 「面白う、狂うて見せ候へ、狂はずば、この船に乗せまじいぞ」 狂女は、様々に舞い、最後に悲しみが一段と増し、声を張り上げ、狂い笹で地面を打ってうったえる。 「さりとては、船こぞりて せばくとも、乗せさせ給え渡し守、さりとては 乗せて賜び給へ」 狂女の美しさは、常の狂気によるものか、又は徹底した純粋さが狂気の体を見せるのか。 そして、社会の闇の中に立ち止まり問いかけている。「隅田川」は、悲しみにこらえた美しさを見せているのではない。社会に問い、人々に問うている。その姿に人々は美しさと強さを感じているのだ。生きている私の体を通して、かつてこの世に生きた人たちの思いが、内から外へ現れ、この世に生きた自身の思いとの決別を私たちに託しているように感じられます。 悔やむという心、悲しみの中に死んでいったものへの思いに、苦しみ囚われ、あの世においてもなお悔み苦しむ。その苦しみから救われることを願う人たちの思いが現れていくのです。 隅田川は、岩場に一輪咲いた百合のような古典作品です。 永久に価値のあるものとは、このようなものであろうとつくづく思います
 
隅田川を上演いたします。
2月25日(日)
「文化財と古典」の「見方」の2部、最後の演目
1部から引き続き
ご覧頂けます。

一挺一枚による「隅田川」
清元美治郎氏
清元清美太夫氏
私、班女をつとめます。
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# by ooca | 2018-02-14 01:21 | 櫻香のつぶやき

日々

先日、宗次ホール「冬の旅」に行きました。ミュラーの詩とシューベルト、季節といい時代といい、思い返したくなります。こういう余情や余韻には言葉がみつからないものです。
悲しみと、強さと、美しさが一緒になり、それがいつか、誇りになり、またそれが勇気に変わり、化学のようで、、、、面白い。
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# by ooca | 2018-02-13 12:07 | 櫻香のつぶやき