市川櫻香の日記


by ooca
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古典の見方「隅田川」

「胸に迫り、久々に泣きました」とご感想をいただきました。2007年渡し守に市川新蔵氏、2014年にはお能の高安勝久氏。2007.・2014年の「隅田川」を思いだしながら書いてみます。 

ある日、名古屋能楽堂の舞台に立つ能役者の体の向こうを見ていました。人買い船に、子供が乗せられていく、それを見て、私はそこに見えぬ人たちの姿を感じていました。それは、重苦しく恐ろしい風景でした。私はその時「隅田川」の狂女を演じていました。お能の役者は渡し守を演じていました。私は彼に対して、お能にも歌舞伎の本にもない言葉を心の奥で発していました「我が子がさらわれていくのを貴方は見ていたのではないか、なぜ子供の手をとり人買いから子供を助けてくれなかったのか」  東海道を、我が子を拐(かどわ)かされた母が、狂女となってあずまの国までくだる。「思わざりき 思い子を 人商人(ひとあきうど)に誘われて 行方はいずこ 逢坂の 関の東の国遠き 東(あづま)とかやに 下りぬと」お能における狂女物は、さまざまな女物狂いが登場しますが、母の物狂いはその典型のひとつです。多くの母は子と再会し日常に戻ってゆくのにひきかえ、隅田川の哀れは、子供の死という絶望の現実にさらされていくことです。この哀れは、人の善意によりわが子が救いだされる願いも虚しかった母の悲しみだけではなく、善を行うことすら選ぶことが出来なかった人々の悲しみでもあります。なぜ古典が語り継がれ、演じ続けられていているのでしょうか。人買いは、子供を何らかの形で騙し、それにより利益を得ていました。人買いの様子を「隅田川」の渡し守は、拐(かどわ)かされた子の母に語って聞かせます。土地の者達も、人買いが小さな弱り果てた、虫の息の子を、その場に捨て去る、その有り様を見ているのです。人買いの横行する時代、心ならずも目を背けていなければならない社会。悪に対して誰も挑まない、こんな現実を本当は誰も望んではいません。亡くなった子供の塚に、朝が明けるまで念仏を唱える人々の心は、どんな気持ちであったのでしょう。狂女は、変わり果てたわが子の現実に向かう。土地の者たちは、念仏を行うことで、助けることの出来なかった子どもへ自身の罪を償っている。歌舞伎舞踊の私が、お能の方と隅田川を上演することは、珍しい試みと言えます。体というものは、心の駆け引きなどには応じません。考え、想像し、学ぶだけでは、魚を掬うタモのようなものです。体は正直なもので、長年かけて身についた型が、思念を払いのけ、物事の真意を、浮き上がらせていくのです。 狂女は、我が子の死に向かい、夜念仏に唱和しつつ、声の中より、我が子を幻に見る。幻の我が子を抱きしめようとすると、母の腕をかいくぐり、すり抜けていく。念仏をあげる渡し守の体の向こうに、多くの村人たちが、我が子の塚に念仏を唱えている。心の中で私は思う。この人たちは、人買いにさらわれ犠牲となった子を、幾人供養してきたのであろうか。私は、悲しみの中で、人と社会への怒りのような、当たりどころのない苦しみにさらされていきます。 絶望的な中にいて、しかし時は過ぎ、夜が明けていく。どこからか聞こえてくる、船頭が棹をさして水面に船を押し出す時の水の音が、はかない親子に寄り添ってくれるように美しい情景を見せる「すいと塒(ねぐら)を 立つ白鷺の 残す雫か梅雨か涙か」ただ美しい、そこに人は救われる。幻はこの母子の語らいであり、我が子を追いつつ「空ほのぼのと明けにける」狂女は、我が子を確かに抱いたに違い
ない。その街道を繰返し繰り返し行くのであろう。物的手がかりを求めてではなく、見えつ、隠れつする中で、我が子と語らい抱きながら。 お能役者の体は、確かに中世とつながっていました。お芝居の最初(お能の「隅田川」)、狂女が舞台に現れ、渡し守が言いいます。「面白う、狂うて見せ候へ、狂はずば、この船に乗せまじいぞ」狂女は、様々に舞い、最後に悲しみが一段と増し、声を張り上げ、狂い笹で地面を打ってうったえる。「さりとては、船こぞりて せばくとも、乗せさせ給え渡し守、さりとては 乗せて賜び給へ」 狂女の美しさは、常の狂気によるものか、又は徹底した純粋さが狂気の体を見せるのか。そして、社会の闇の中に立ち止まり問いかけている。「隅田川」は、悲しみにこらえた美しさを見せているのではない。社会に問い、人々に問うている。その姿に人々は美しさと強さを感じているのだ。生きている私の体を通して、かつてこの世に生きた人たちの思いが、内から外へ現れ、この世に生きた自身の思いとの決別を私たちに託しているように感じられます。悔やむという心、悲しみの中に死んでいったものへの思いに、苦しみ囚われ、あの世においてもなお悔み苦しむ。その苦しみから救われることを願う人たちの思いが現れていくのです。 隅田川は、岩場に一輪咲いた百合のような古典作品です。永久に価値のあるものとは、このようなものであろうとつくづく思います

2018年2月25日(日)名古屋能楽堂
「文化財と古典」の「見方」
隅田川を上演致します。
演奏は、清元美治郎先生
清元清美太夫の一挺一枚という普段ではあり得ない美治郎先生の芸の真髄にふれる演奏となります。

昨年の冬の日にも能の一調と謡、また、今回の藤田六郎兵衛氏による一管も、一人の演奏家のすべてがためされる場となります。
狂女の私は静かに舞台へー2月という月は
雪が溶けて雫となる季節です。しーんと春を
待つ心で、「隅田川」をじっくりご覧いただ
きたく存じます。
どうぞ、お出掛けください。
よろしくお願いいたします。

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# by ooca | 2018-02-01 16:20 | 櫻香のつぶやき

恋する旅

私どもが、2月25日、名古屋能楽堂で取り上げるのは、知立山車文楽です。東海道五十三次39番目の宿が現在の知立です。
五十三次の謂れを、二千年前のインドの書物から、江戸時代に「見立て」て東海道五十三次としたとすれば、昔の人は、勉強熱心だったのですね。古典書の内容は、 善財童子が文殊菩薩の命令に従い53人の善知識を訪ねていきます。53人の内容には、人間社会を構成しているあらゆる層の人が登場します。私達の祖先が、 東海道五十三次という形で日本の旅を思考していたと思うとわくわくします。旅に出て、三十九番目の 知立(池鯉鮒)宿は、いよいよ心深めていくあたりです。旅の中盤を越え、来た道を振り返る、いく道の不安も。 ここが、味わいの深まる部分です。
文化財や、古典を、心の旅の栄養源にします。 
2月は静まる月、じっくりと、私たちと。
お待ちいたしております!

「文化財と古典」の「見方」
2月25日(日)
1部、知立山車文楽の旅
狂言「知立詣」鹿島俊裕/知立神楽保存会
知立山車文楽「伊達娘恋緋鹿子」火の見櫓の段
知立山車文楽保存会、本町人形連、知立市義太夫会

2部、芸と旅
【花の旅】平家物語から重衡の見る東海道
語り:鹿島俊裕
【鳥の旅】杜若と隅田川のものがたり
○お話○詩人村瀬和子
【風の旅】一管による能「杜若」より
能管:藤田六郎兵衛
【月の旅】古典の名作「隅田川」の見方
●渡し守:能、高安勝久
●清元「隅田川」
子をたづねる母:市川櫻香
三味線:清元美治郎
浄瑠璃:清元清美太夫
笛:福原寛

チケットお申し込み
mkabuki@docomo.ne.jp
fax052-323-4575
名古屋能楽堂
愛知県芸術文化センター地下2F
お問い合わせ
052-323-4499
知立市民の皆様は地域優待をお使いください。
知立市役所0566(83)1133・担当/近藤

開演前に
知立市民の方々による(在原会)
お菓子とお抹茶で開演前をお楽しみください。
12時より能楽堂会議室
併せて
知立神楽保存会による笛のレクチャー
知立山車文楽人形の展示
12時30分より
特別プログラム「東海道の旅」
お話/山本祐子(名古屋市博物館調査研究員)



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# by ooca | 2018-01-27 08:58 | 櫻香のつぶやき

よい人から学ぶ

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環境は、空気のようなものだとつくづく思う。

学ぶことは知識としての学びから技術の学びにいたるまでいろいろありますが、みな道具にすぎず
道具を使う人間がだめなら、地球さえ滅ぼしていきます。よい人を師にし、よい師になれるよう、よい人に出会っていきたいですね。



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# by ooca | 2018-01-22 11:36

新春を壽ぐ

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「のぼせ下がること」ができますように。今年の大切な言葉です。
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# by ooca | 2018-01-20 22:32 | 櫻香のつぶやき

恋と知立(ちりふ)と芸能

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知立(ちりふ)は東海道53次の39番目の宿場でございます。 この、53次の、謂れを調べますと、二千年ほど前に書かれたインドの古い書物に53人の賢者をたづねるお話があるそうです。仏教の修行段階を53段階に説いたものだそうです。
品川宿を出たときは旅のはじまりです。「発心」して旅立ちます、最後の京都は、旅の様々に心を深め高めて行き着くーといったことでしょうか。
私どもの愛知県は、中間を過ぎた39番目の地点、伊勢物語の中で、業平も和歌に詠んだように、心寂しくなる場「思えば遠くまできたものだ」と振り返る地点です。
2月25日(日)名古屋能楽堂で「文化財と古典」の「見方」を上演いたします。
人生は旅であるという見方に立っていえば、ふつうの意味での旅、しようとしまいと、すべての人は旅に生き、旅に死ぬのです。ただその生き方や死に方はそれぞれです。
そのさまざまの中で、芸道者の生き方について、皆様にもあじわいいただき「文化財と古典」の「見方」を深め、何を次に伝え残すか、何のための文化財かー。考え抜くことで芸能の真の正体が見えてきます。

日本の道の文化は何を意味するのでしょうか。
旅にはなくてはならない道、二千年前のお話にある、賢者を訪ねての旅を、この53次の宿場に見立て江戸時代に取り入れた、先人の心を、受け継ぎ伝えていきたいと考えました。
私が道について述べることは、ちょうど私の年齢が、中盤から後半になり、旅の途上を振り返り、更に歩むことへ、これまでと少し違い、何かできることがあればとした責任と、それゆえの、孤独のなかにあるからかもしれません。


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# by ooca | 2018-01-16 20:05 | 櫻香のつぶやき